重なる月

志生帆 海

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第5章

暁の星 3

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「まずいっ遅刻しそうだ」

 時計の針を見るとすでに九時五十分。九時開場時開式なのに、僕はまだ大学の最寄り駅の広場にいた。

 九月からの入学者なんてそう多くないから事務的なものかと思っていたが、改めて案内状を確認するとちゃんとホールで行われ、入学者の父兄も参加出来るきちんとした式典のようだった。

 経済学部、法学部、総合政策学部、環境情報学部……沢山の学部の生徒が一同に揃うんだな。

 アメリカで学校生活のほとんどを過ごしてきた僕にとっては、日本での新しい生活、これから出来るだろう新しい友人、すべてが新鮮だ。

 しかしあと十分か。電車の乗り継ぎで手間取ったし、土地勘のない場所でいつになく動きが鈍くなってしまったようだ。

「よしっ走るか」

 駅でもう一度ホールまでの道を確認し、僕はカバンを背負い、一気に走り出した。

 僕は走るのが好きだ。風を斬って走れば、何もかも忘れられるから。風に乗り空を駆ければ、迷いも一気に吹き飛ぶ!

 はぁはぁ……

 少し息を切らして、会場に入ると始まる二分前。

「間に合った。ぎりぎりだな」

 後ろの列には父兄が沢山見え、嬉しそうな親の顔がずらりと並び、幸せそうな空気に包まれていた。そんな空気に誘われたのか、アメリカにいる両親の顔がちらっと浮かんできた。父さんや母さんも見たかったかな。今日の僕の姿。

 反対を押し切って日本の大学に入ってしまったから、母の機嫌は直前になっても治らなかった。父は出張で日本に来たら寄ると言ってくれ、一応は応援してくれたが、真意のほどはどうだろう。少しだけ寂しい気持ちを押し隠し、後方の席に一つだけ空きを見つけたので、座ることにした。

「ここいいですか」
「あっどうぞ」

 感じが良い声が返ってきてほっとする。

「それではこれから入学式を開式します」

 座った途端、アナウンスが入った。いよいよ始まる、日本での新生活が。そう思うと気が引き締まった。

****

 それにしても今朝の涼は滅茶苦茶可愛かったな。涼からしてくれるキスが俺は好きだ。子猫がすり寄ってくるような甘い感覚。若い涼の唇は瑞々しく、はじけそうだ。

 洋はいつも花のような香りがしたが、涼は甘い砂糖菓子のような舐めたら溶けちゃいそうな香りでいっぱいなんだ。

 甘党の俺には堪らないよ。

 反芻すれば顔が自然とにやつくので、俺は自分の頬を叩く。まったくのぼせるな! 安志。自分を叱咤する。

 約束した洋の足取りを調べようと、仕事の合間にインターネットで検索していく。

 洋と丈が逃避行した時に最初に手配したホテルの名前は覚えている。ソウルの一流ホテルだったな。もちろんそんなホテルにずっといられるはずはない。その後二人は何処へ行ったのか。今どこに住んでいるのか……そこが知りたい。

 そうだ、あの時、俺は洋の語学学校の手配もしたよな。その線から調べようと思ったら、二年前に閉鎖されていた。

 ちっ……現地に行くのが早いか。
 そう思っていると部長から呼ばれた。

「鷹野くんちょっといいかい?」
「はい」
「君はボディガードの研修に行ってきたよね」
「はい七月にアメリカで学んできました」
「早速実践してみないか」
「えっ」
「一週間ほどの出張になるがいいか」

 一瞬、涼のことが過ったが、仕事は仕事だ。躰を動かすことが好きな俺は、アメリカの研修でボディガードの仕事が向いていると思っていたから、これはある意味チャンスだ。

「はい。大丈夫です。それで行先は?」
「ソウルだ」


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