重なる月

志生帆 海

文字の大きさ
上 下
259 / 1,657
第5章

暁の星 3

しおりを挟む
「まずいっ遅刻しそうだ」

 時計の針を見るとすでに九時五十分。九時開場時開式なのに、僕はまだ大学の最寄り駅の広場にいた。

 九月からの入学者なんてそう多くないから事務的なものかと思っていたが、改めて案内状を確認するとちゃんとホールで行われ、入学者の父兄も参加出来るきちんとした式典のようだった。

 経済学部、法学部、総合政策学部、環境情報学部……沢山の学部の生徒が一同に揃うんだな。

 アメリカで学校生活のほとんどを過ごしてきた僕にとっては、日本での新しい生活、これから出来るだろう新しい友人、すべてが新鮮だ。

 しかしあと十分か。電車の乗り継ぎで手間取ったし、土地勘のない場所でいつになく動きが鈍くなってしまったようだ。

「よしっ走るか」

 駅でもう一度ホールまでの道を確認し、僕はカバンを背負い、一気に走り出した。

 僕は走るのが好きだ。風を斬って走れば、何もかも忘れられるから。風に乗り空を駆ければ、迷いも一気に吹き飛ぶ!

 はぁはぁ……

 少し息を切らして、会場に入ると始まる二分前。

「間に合った。ぎりぎりだな」

 後ろの列には父兄が沢山見え、嬉しそうな親の顔がずらりと並び、幸せそうな空気に包まれていた。そんな空気に誘われたのか、アメリカにいる両親の顔がちらっと浮かんできた。父さんや母さんも見たかったかな。今日の僕の姿。

 反対を押し切って日本の大学に入ってしまったから、母の機嫌は直前になっても治らなかった。父は出張で日本に来たら寄ると言ってくれ、一応は応援してくれたが、真意のほどはどうだろう。少しだけ寂しい気持ちを押し隠し、後方の席に一つだけ空きを見つけたので、座ることにした。

「ここいいですか」
「あっどうぞ」

 感じが良い声が返ってきてほっとする。

「それではこれから入学式を開式します」

 座った途端、アナウンスが入った。いよいよ始まる、日本での新生活が。そう思うと気が引き締まった。

****

 それにしても今朝の涼は滅茶苦茶可愛かったな。涼からしてくれるキスが俺は好きだ。子猫がすり寄ってくるような甘い感覚。若い涼の唇は瑞々しく、はじけそうだ。

 洋はいつも花のような香りがしたが、涼は甘い砂糖菓子のような舐めたら溶けちゃいそうな香りでいっぱいなんだ。

 甘党の俺には堪らないよ。

 反芻すれば顔が自然とにやつくので、俺は自分の頬を叩く。まったくのぼせるな! 安志。自分を叱咤する。

 約束した洋の足取りを調べようと、仕事の合間にインターネットで検索していく。

 洋と丈が逃避行した時に最初に手配したホテルの名前は覚えている。ソウルの一流ホテルだったな。もちろんそんなホテルにずっといられるはずはない。その後二人は何処へ行ったのか。今どこに住んでいるのか……そこが知りたい。

 そうだ、あの時、俺は洋の語学学校の手配もしたよな。その線から調べようと思ったら、二年前に閉鎖されていた。

 ちっ……現地に行くのが早いか。
 そう思っていると部長から呼ばれた。

「鷹野くんちょっといいかい?」
「はい」
「君はボディガードの研修に行ってきたよね」
「はい七月にアメリカで学んできました」
「早速実践してみないか」
「えっ」
「一週間ほどの出張になるがいいか」

 一瞬、涼のことが過ったが、仕事は仕事だ。躰を動かすことが好きな俺は、アメリカの研修でボディガードの仕事が向いていると思っていたから、これはある意味チャンスだ。

「はい。大丈夫です。それで行先は?」
「ソウルだ」


しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

物語のその後

キサラギムツキ
BL
勇者パーティーの賢者が、たった1つ望んだものは……… 1話受け視点。2話攻め視点。 2日に分けて投稿予約済み ほぼバッドエンドよりのメリバ

【完結】双子の伯爵令嬢とその許婚たちの物語

ひかり芽衣
恋愛
伯爵令嬢のリリカとキャサリンは二卵性双生児。生まれつき病弱でどんどん母似の美女へ成長するキャサリンを母は溺愛し、そんな母に父は何も言えない……。そんな家庭で育った父似のリリカは、とにかく自分に自信がない。幼い頃からの許婚である伯爵家長男ウィリアムが心の支えだ。しかしある日、ウィリアムに許婚の話をなかったことにして欲しいと言われ…… リリカとキャサリン、ウィリアム、キャサリンの許婚である公爵家次男のスターリン……彼らの物語を一緒に見守って下さると嬉しいです。 ⭐︎2023.4.24完結⭐︎ ※2024.2.8~追加・修正作業のため、2話以降を一旦非公開にしていました。  →2024.3.4再投稿。大幅に追加&修正をしたので、もしよければ読んでみて下さい(^^)

偽物の僕は本物にはなれない。

15
BL
「僕は君を好きだけど、君は僕じゃない人が好きなんだね」 ネガティブ主人公。最後は分岐ルート有りのハピエン。

そんなの真実じゃない

イヌノカニ
BL
引きこもって四年、生きていてもしょうがないと感じた主人公は身の周りの整理し始める。自分の部屋に溢れる幼馴染との思い出を見て、どんなパソコンやスマホよりも自分の事を知っているのは幼馴染だと気付く。どうにかして彼から自分に関する記憶を消したいと思った主人公は偶然見た広告の人を意のままに操れるというお香を手に幼馴染に会いに行くが———? 彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。 ============== 人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。

代わりでいいから

氷魚彰人
BL
親に裏切られ、一人で生きていこうと決めた青年『護』の隣に引っ越してきたのは強面のおっさん『岩間』だった。 不定期に岩間に晩御飯を誘われるようになり、何時からかそれが護の楽しみとなっていくが……。 ハピエンですがちょっと暗い内容ですので、苦手な方、コメディ系の明るいお話しをお求めの方はお気を付け下さいませ。 他サイトに投稿した「隣のお節介」をタイトルを変え、手直ししたものになります。

六日の菖蒲

あこ
BL
突然一方的に別れを告げられた紫はその後、理由を目の当たりにする。 落ち込んで行く紫を見ていた萌葱は、図らずも自分と向き合う事になった。 ▷ 王道?全寮制学園ものっぽい学園が舞台です。 ▷ 同室の紫と萌葱を中心にその脇でアンチ王道な展開ですが、アンチの影は薄め(のはず) ▷ 身代わりにされてた受けが幸せになるまで、が目標。 ▷ 見た目不良な萌葱は不良ではありません。見た目だけ。そして世話焼き(紫限定)です。 ▷ 紫はのほほん健気な普通顔です。でも雰囲気補正でちょっと可愛く見えます。 ▷ 章や作品タイトルの頭に『★』があるものは、個人サイトでリクエストしていただいたものです。こちらではいただいたリクエスト内容やお礼などの後書きを省略させていただいています。

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

処理中です...