重なる月

志生帆 海

文字の大きさ
上 下
257 / 1,657
第5章

暁の星 1

しおりを挟む
「ハクションっ」
「安志さん大丈夫?」
「あっああ」
「やっぱり床じゃ寝心地悪かったし、冷房が直に当たって寒かったんじゃない?」
「いや大丈夫だよ」

 心配そうな涼の声で、はっと目が覚めた。明け方の五時を時計の針は指していた。

 昨夜、涼と一緒に弁当を食べ、それから俺はビールを二缶ほど飲んでそのまま……涼からしきりにベッドで寝ることを勧められたが、頑なに断ってフローリングの床にクッションを並べて寝てしまった。背中が流石に痛いが、まぁこの位なんでもない。

 中学高校と野球部で鍛えてきたから、雑魚寝なんて大したことじゃない。

「ふぅー」

 頭上に手を伸ばして、大きく伸びをする。

 いい夢を見ていたような気がする。キラキラ光る水面を進む船の上、洋と丈さんが微笑んでいたような眩しい夢だった。

「涼、悪いな。昨日あのまま俺寝ちゃって、邪魔したな。もう始発も出てるし、一度帰るよ」
「えっ帰っちゃうの?」
「流石にスーツ着替えないと同僚にまた揶揄われるよ。それに涼は今日入学式だろ」
「うん、そうだけど九月入学だからそんな大げさなものじゃないよ」
「そうか。なぁスーツで行くのか」
「一応ね。ほらあそこにかけてある」
 
 涼が指さす場所には、紺色のノーブルなスーツがかけてあった。ワイシャツは白か。うん、涼らしいセレクトだな。清涼な雰囲気が漂っていて、とても似合いそうだ。

「いい色だな。涼のスーツ姿見たかったな」
「そういえば向こうじゃ僕、いつもTシャツだったね」

 頭の中でネクタイをきっちりと締めた涼のスーツ姿を想像すると、ストイックな魅力に溢れていそうで思わず笑みが漏れてしまった。

 入学式に臨む少し緊張した面持ちの涼に、紺色のスーツが良く映えるだろう。

「安志さんのスーツ姿は、いつも素敵だよ」
「ははっ朝から照れるよ。お世辞なんていいんだぞ。俺はガサツだし拘りもないからダサいだけだ」
「そんなことない!初めて飛行機で見た時だって……」

 えっそんな時から俺のことちゃんと見てくれていたのか。そう思うとなんとも甘酸っぱい気持ちが広がってくる。

 俺は涼に想われている。

 今まで誰かからこんな風に深く想われることなんてなかったから、こういう時どう反応していいのか分からなくなってしまう。気が利いた反応が出来ない自分がもどかしくなる。

「安志さん…あと五分だけ寝ようよ」
「あっ? そうだな」

 俺は起こしていた上半身を再び倒し、フローリングの床にごろりと寝そべった。涼はその様子を見てくすっと微笑んだ。

「何? 」
「違うよ。こっちで一緒にっていう意味だよ」
「えっ」
「ねっ」
「いや……それ無理だから……」

 朝から拷問だぞ。涼、それっ!
しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

【完結】悪役令息の役目は終わりました

谷絵 ちぐり
BL
悪役令息の役目は終わりました。 断罪された令息のその後のお話。 ※全四話+後日談

悩める文官のひとりごと

きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。 そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。 エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。 ムーンライト様にも掲載しております。 

とある文官のひとりごと

きりか
BL
貧乏な弱小子爵家出身のノア・マキシム。 アシュリー王国の花形騎士団の文官として、日々頑張っているが、学生の頃からやたらと絡んでくるイケメン部隊長であるアベル・エメを大の苦手というか、天敵認定をしていた。しかし、ある日、父の借金が判明して…。 基本コメディで、少しだけシリアス? エチシーンところか、チュッどまりで申し訳ございません(土下座) ムーンライト様でも公開しております。

【完結】記憶を失くした旦那さま

山葵
恋愛
副騎士団長として働く旦那さまが部下を庇い頭を打ってしまう。 目が覚めた時には、私との結婚生活も全て忘れていた。 彼は愛しているのはリターナだと言った。 そんな時、離縁したリターナさんが戻って来たと知らせが来る…。

林檎を並べても、

ロウバイ
BL
―――彼は思い出さない。 二人で過ごした日々を忘れてしまった攻めと、そんな彼の行く先を見守る受けです。 ソウが目を覚ますと、そこは消毒の香りが充満した病室だった。自分の記憶を辿ろうとして、はたり。その手がかりとなる記憶がまったくないことに気付く。そんな時、林檎を片手にカーテンを引いてとある人物が入ってきた。 彼―――トキと名乗るその黒髪の男は、ソウが事故で記憶喪失になったことと、自身がソウの親友であると告げるが…。

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

処理中です...