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第5章
太陽の影 13
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「洋、おはよう」
「んっ……もう朝か」
「あぁもう九時だよ」
「えっ!」
時間を聞いて飛び起きた。すっかり寝坊してしまったじゃないか。
「つっ」
勢いよく起きると腰がズキズキと痛んで、思わず顔をしかめてしまった。
「洋……大丈夫か。腰が辛いのか」
そう言いながら丈が俺の横に腰を下ろし、腰を擦ってくれる。丈は先にシャワーを浴びたらしく、その躰からはシトラスのボディソープの香が漂っていて爽やかだ。
「……大丈夫だ」
そんな風に女みたいに気遣われるのは苦手だから、腰が痛いのは確かだが強がってしまう。昨晩、俺と丈はかなり乱れ深く抱き合ったことを、この躰はしっかりと覚えているようだ。だが軋む躰も時間が経てば、なんとかなるだろう。
「そうか、ほら温かいタオル持ってきたから、拭いてやる」
「そんなのいいよ。自分で出来る」
「遠慮するな」
「うわっ丈っそこ、くすぐったい!」
「ここか。くっくっ」
「ははっ!くすぐったい、もうっやめろよっ」
ベッドの上でふざけ合って声を出して笑ってしまった。
とても和やかで明るい朝だ。ここが義父の別荘であることを忘れてしまうほど、俺と丈は自然に心の底から笑い合っていた。
****
「義父さんおはようございます」
「洋、おはよう。よく眠れたようだね」
「……はい」
「いい表情だ。お前の明るい笑顔を久しぶりに見たよ」
朝食を食べながら義父は俺のことをじっと見つめていたが、何も言わなかった。俺も丈に抱かれた痕跡の残る躰で、義父に平常心で向かい合えた。恥じることなんて何もない。
「洋、本当に来てくれてありがとう。もう帰ってしまうのか」
「ええ義父さん、そうします。仕事もあるから長居できません」
「分かった。また来てくれ……丈くんとふたりで一緒に」
「……ふたりで」
俺の大事な人を義父はどうやら認めてくれたようだ。
こんな義父でも俺に残された唯一の家族だ。だから認めてもらえたというのは、嬉しいものだった。
****
「いい風だな」
「あぁいつも奥の座席に座って俯いていたから初めてだよ。こんな前で自由の女神を見るのは。風が俺を通り抜けて気持ちいいものだな」
俺たちは今あの※サウス・フェリーに乗っている。あの日涼に出会ったこのフェリーに、今は丈と肩を並べ、空を見上げて甲板の最前に立っている。
夏の日差しを浴びながら白いカモメの飛び交う海を見つめると、海面が太陽の光を思う存分に浴びてキラキラと宝石のように輝いている。やがて前方に海上に浮かぶようにマンハッタンの楼閣群が揺らいで現れ、さらにその先に自由の女神像の全身が見えてくる。
俺は手すりに手をついて、思わず身を乗り出してしまう。
そうか……こんなに良く見えたのか。ここからは!
「丈、見える?」
「あぁここからだと自由の女神の全身が綺麗に見えるな、右手に何を掲げているんだ?」
「右手にはたいまつ、左手にはアメリカ合衆国の独立記念日である「1776年7月4日」とフランス革命勃発(バスティーユ襲撃)の日である「1789年7月14日」と、ローマ数字で書かれた銘板を持っているんだって」
「へぇ詳しいな、そうなのか」
「それからね。女神の左足、よく見ると一歩踏み出しているんだよ。分かる? 足元には引きちぎられた鎖と足かせがあり、これを女神が踏みつけているんだ。これは全ての弾圧・抑圧からの解放と、人類は皆自由で平等であることを象徴しているそうだ」
「……そうか、洋は今……自由な気分か」
「丈、よく分かったな。俺は今そんな気分だ。やっと真正面から自由の女神を見られたのだから。もう隠れることも隠すこともない。俺は自由になった。この先は、俺は俺らしく生きたいと願っている」
丈の手が俺の手を優しくきゅっと握る。
「丈?」
ここはアメリカだ。そう気にすることもない。
「丈、俺はずっと……太陽の影だった」
「何が? 」
「……俺はずっと影を生きてきたのに……こうやって日の当たる場所にいてもいいんだな」
「当たり前だ」
「やっぱり丈のおかげだな。俺が羽ばたけたのは。お前がいなかったら無理だった」
「洋……」
「丈、俺今幸せだ」
幸せというものは、ひとりだけで感じるものじゃない。
相手と心が通じ合い、周りからも認められて……こんな溢れるような気持ちになるのか。
今日、この船に二人で乗った意味。
新しい門出といったら大袈裟かもしれないが、俺は丈と共に出港する。
今日からは自分に恥じないように、新しい未来を切り開いていく。
「洋、ずっと一緒だ」
「丈ありがとう」
太陽の光が降り注ぐ下で……俺たちは誓いのキスを交わした。
ごく自然に……それは交わされた。
「太陽の影」了
****
今日で「太陽の影」を書き終えました。
途中ハラハラでしたが、最後はまるで丈と洋の船上結婚式のような幸せいっぱいの雰囲気で締めくくれてほっとしています。
サマーキャンプをいろんな視点から描いていくのは、とても面白かったです。次回からは舞台は日本へ。安志くん登場です。
※サウス・フェリー
マンハッタンとスタテンアイランドを結ぶフェリーのこと。 オープンデッキから、ロウアー・マンハッタンのビル群やブルックリン、そして自由の女神を一望できることから、観光客にも大人気のフェリーです。走行時間は約25分で、ゆっくりと眺めを楽しむことができます。
「んっ……もう朝か」
「あぁもう九時だよ」
「えっ!」
時間を聞いて飛び起きた。すっかり寝坊してしまったじゃないか。
「つっ」
勢いよく起きると腰がズキズキと痛んで、思わず顔をしかめてしまった。
「洋……大丈夫か。腰が辛いのか」
そう言いながら丈が俺の横に腰を下ろし、腰を擦ってくれる。丈は先にシャワーを浴びたらしく、その躰からはシトラスのボディソープの香が漂っていて爽やかだ。
「……大丈夫だ」
そんな風に女みたいに気遣われるのは苦手だから、腰が痛いのは確かだが強がってしまう。昨晩、俺と丈はかなり乱れ深く抱き合ったことを、この躰はしっかりと覚えているようだ。だが軋む躰も時間が経てば、なんとかなるだろう。
「そうか、ほら温かいタオル持ってきたから、拭いてやる」
「そんなのいいよ。自分で出来る」
「遠慮するな」
「うわっ丈っそこ、くすぐったい!」
「ここか。くっくっ」
「ははっ!くすぐったい、もうっやめろよっ」
ベッドの上でふざけ合って声を出して笑ってしまった。
とても和やかで明るい朝だ。ここが義父の別荘であることを忘れてしまうほど、俺と丈は自然に心の底から笑い合っていた。
****
「義父さんおはようございます」
「洋、おはよう。よく眠れたようだね」
「……はい」
「いい表情だ。お前の明るい笑顔を久しぶりに見たよ」
朝食を食べながら義父は俺のことをじっと見つめていたが、何も言わなかった。俺も丈に抱かれた痕跡の残る躰で、義父に平常心で向かい合えた。恥じることなんて何もない。
「洋、本当に来てくれてありがとう。もう帰ってしまうのか」
「ええ義父さん、そうします。仕事もあるから長居できません」
「分かった。また来てくれ……丈くんとふたりで一緒に」
「……ふたりで」
俺の大事な人を義父はどうやら認めてくれたようだ。
こんな義父でも俺に残された唯一の家族だ。だから認めてもらえたというのは、嬉しいものだった。
****
「いい風だな」
「あぁいつも奥の座席に座って俯いていたから初めてだよ。こんな前で自由の女神を見るのは。風が俺を通り抜けて気持ちいいものだな」
俺たちは今あの※サウス・フェリーに乗っている。あの日涼に出会ったこのフェリーに、今は丈と肩を並べ、空を見上げて甲板の最前に立っている。
夏の日差しを浴びながら白いカモメの飛び交う海を見つめると、海面が太陽の光を思う存分に浴びてキラキラと宝石のように輝いている。やがて前方に海上に浮かぶようにマンハッタンの楼閣群が揺らいで現れ、さらにその先に自由の女神像の全身が見えてくる。
俺は手すりに手をついて、思わず身を乗り出してしまう。
そうか……こんなに良く見えたのか。ここからは!
「丈、見える?」
「あぁここからだと自由の女神の全身が綺麗に見えるな、右手に何を掲げているんだ?」
「右手にはたいまつ、左手にはアメリカ合衆国の独立記念日である「1776年7月4日」とフランス革命勃発(バスティーユ襲撃)の日である「1789年7月14日」と、ローマ数字で書かれた銘板を持っているんだって」
「へぇ詳しいな、そうなのか」
「それからね。女神の左足、よく見ると一歩踏み出しているんだよ。分かる? 足元には引きちぎられた鎖と足かせがあり、これを女神が踏みつけているんだ。これは全ての弾圧・抑圧からの解放と、人類は皆自由で平等であることを象徴しているそうだ」
「……そうか、洋は今……自由な気分か」
「丈、よく分かったな。俺は今そんな気分だ。やっと真正面から自由の女神を見られたのだから。もう隠れることも隠すこともない。俺は自由になった。この先は、俺は俺らしく生きたいと願っている」
丈の手が俺の手を優しくきゅっと握る。
「丈?」
ここはアメリカだ。そう気にすることもない。
「丈、俺はずっと……太陽の影だった」
「何が? 」
「……俺はずっと影を生きてきたのに……こうやって日の当たる場所にいてもいいんだな」
「当たり前だ」
「やっぱり丈のおかげだな。俺が羽ばたけたのは。お前がいなかったら無理だった」
「洋……」
「丈、俺今幸せだ」
幸せというものは、ひとりだけで感じるものじゃない。
相手と心が通じ合い、周りからも認められて……こんな溢れるような気持ちになるのか。
今日、この船に二人で乗った意味。
新しい門出といったら大袈裟かもしれないが、俺は丈と共に出港する。
今日からは自分に恥じないように、新しい未来を切り開いていく。
「洋、ずっと一緒だ」
「丈ありがとう」
太陽の光が降り注ぐ下で……俺たちは誓いのキスを交わした。
ごく自然に……それは交わされた。
「太陽の影」了
****
今日で「太陽の影」を書き終えました。
途中ハラハラでしたが、最後はまるで丈と洋の船上結婚式のような幸せいっぱいの雰囲気で締めくくれてほっとしています。
サマーキャンプをいろんな視点から描いていくのは、とても面白かったです。次回からは舞台は日本へ。安志くん登場です。
※サウス・フェリー
マンハッタンとスタテンアイランドを結ぶフェリーのこと。 オープンデッキから、ロウアー・マンハッタンのビル群やブルックリン、そして自由の女神を一望できることから、観光客にも大人気のフェリーです。走行時間は約25分で、ゆっくりと眺めを楽しむことができます。
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