重なる月

志生帆 海

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第5章

太陽の影 7

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「洋……いるのか」

 灯りがついていない。やはり嫌な予感は的中のようだ。部屋に入り、すぐにリビングのテーブルに残されたメモを見つけた。

 洋らしい丁寧な文字だが、どこか焦りを感じる筆跡だ。


 丈、悪い。
 急用が出来て、今日からの六日間の夏休みはアメリカの父に別荘に行くことにした。
 帰ってきたらちゃんと理由を話す。 向こうにはKentもいるし大丈夫。
 もう何も起こらないし起こすつもりもないから心配するな。
 ー

 なっ何だって? よりによって義父のところへ一人で行くなんて!! 

 はぁ……君は本当に無鉄砲な所がある。無理するなといつも言っているのに、肝心な時に一人で突っ走ってしまう。

 いや……そうじゃない。洋はちゃんと私を頼ってくれたのだ。何度も電話でコンタクトを取ろうと試みてくれていた。

 その気持ちを無駄にするわけにはいかない。

 ふと思い出して棚の引き出しから、あの日洋の義父から送られてきた手紙を取り出しすと、中の航空券がなくなっていた。

 ……やはりな。

 いつもなら破り捨てて存在すら消えていく義父からの手紙が、今回に限って残っていたのも何かの縁だろう。私は別荘の住所を書き留めて、急いで旅行の支度を整えた。

 今からだともう直行便はない。明日の朝の飛行機になるが、洋に間に合うだろうか。

 今度は私が追いかける!


****

「お客様、座席の背もたれを戻していただけますか。まもなく着陸態勢に入りますので」
「んっ……あ、はい」

 すっかり寝てしまっていたようだ。でもおかげで余計なことを考えずに済んだ。もうすぐニューヨークのJFK空港に到着する。

 五年前、俺が一人旅立った場所に結局また一人で戻ってきてしまった。

 座席の隣をちらっと見ると、見知らぬ女性が座っている。

 あぁ丈がいない。この五年間いつも俺の隣には必ず丈がいてくれた。そして、いつも温かい眼差しを俺に注いでくれていた。丈の温かい心を受けることがなかったら、俺は今頃どんな人間になっていただろうか。あの絶望の淵から這い上がることが出来ただろうか。

 あの時、一番犯されてはいけない人に躰を許してしまったいう事実に苦しんでいた。自分の躰が厭わしく良心の呵責に苛まれ、もう生きていられないとさえ思っていた。

 丈がいなかったら…俺は……

 丈のことを考えると切ない気持ちが込み上げてくる。

 今頃、心配しているだろう。ごめん……


****

 五年ぶりにニューヨークに戻って来た。意外にも懐かしい気持ちが込み上げてくる。

 暗く孤独な五年間だったけれども……それだけじゃなかったのだな。

 それはきっと涼のおかげだ。船の上で俺のことを見つめる清らかな瞳にどれだけ癒されたことか。

 電話で話した義父が混同している相手は涼だ。絶対にそうだ。

 義父が涼に何をするかわからない。いや何もしない、出来ないと信じているけれども、それでも俺のこの不安は拭えない。

 万が一のことがあったら……そのことが心配だ。

 そもそも涼が俺の親戚だということがバレないようにしたい。涼の家の人たち……母さんの双子のお姉さんである伯母さんに迷惑をかけたくない。そんなことがあったら、天国にいる母さんも悲しむだろう。

 夏の間よく避暑地として使っていたあの別荘の住所を確認して、長距離バスの切符を手配する。あいにくバスは午前便が出たばかりで、夜便になってしまうそうだ。

 くそっ何か違う手段を選ぶべきか。でも時刻表の前で途方に暮れていると、何人かの男性に車で送ろうかと誘われたので丁重に断った。

 無理はしたくない……丈にも約束してきたんだ。絶対に危険なことはしないって。

「はぁ……一気にここまで疲れた」

 空港のベンチに座り、一息つく。

 雑踏の中、行きかう異国の人……あふれる人種。

 いろんな国の言葉が入り混じって、まるで一つの音楽のように聞こえてくる。そんな中ふと自分一人が異邦人のような気分になってくる。

 それぞれの人生が、この雑踏の中の人たちにもそれぞれある。

 じゃあ俺の人生は……今俺がこんなタイミングでここに来たのも、決まっていたことなのかもしれない。あの遠い過去から来た人たちがそうであったように、すべてはこうなるように出来ているのかもしれないな。だとしたら、俺はもう絶対に道を間違わない。

 夜行バスは義父が待つ別荘へと、俺を誘うだろう。
 その先に待つものを、迎え入れる心の準備は整った。
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