250 / 1,657
第5章
太陽の影 7
しおりを挟む
「洋……いるのか」
灯りがついていない。やはり嫌な予感は的中のようだ。部屋に入り、すぐにリビングのテーブルに残されたメモを見つけた。
洋らしい丁寧な文字だが、どこか焦りを感じる筆跡だ。
ー
丈、悪い。
急用が出来て、今日からの六日間の夏休みはアメリカの父に別荘に行くことにした。
帰ってきたらちゃんと理由を話す。 向こうにはKentもいるし大丈夫。
もう何も起こらないし起こすつもりもないから心配するな。
ー
なっ何だって? よりによって義父のところへ一人で行くなんて!!
はぁ……君は本当に無鉄砲な所がある。無理するなといつも言っているのに、肝心な時に一人で突っ走ってしまう。
いや……そうじゃない。洋はちゃんと私を頼ってくれたのだ。何度も電話でコンタクトを取ろうと試みてくれていた。
その気持ちを無駄にするわけにはいかない。
ふと思い出して棚の引き出しから、あの日洋の義父から送られてきた手紙を取り出しすと、中の航空券がなくなっていた。
……やはりな。
いつもなら破り捨てて存在すら消えていく義父からの手紙が、今回に限って残っていたのも何かの縁だろう。私は別荘の住所を書き留めて、急いで旅行の支度を整えた。
今からだともう直行便はない。明日の朝の飛行機になるが、洋に間に合うだろうか。
今度は私が追いかける!
****
「お客様、座席の背もたれを戻していただけますか。まもなく着陸態勢に入りますので」
「んっ……あ、はい」
すっかり寝てしまっていたようだ。でもおかげで余計なことを考えずに済んだ。もうすぐニューヨークのJFK空港に到着する。
五年前、俺が一人旅立った場所に結局また一人で戻ってきてしまった。
座席の隣をちらっと見ると、見知らぬ女性が座っている。
あぁ丈がいない。この五年間いつも俺の隣には必ず丈がいてくれた。そして、いつも温かい眼差しを俺に注いでくれていた。丈の温かい心を受けることがなかったら、俺は今頃どんな人間になっていただろうか。あの絶望の淵から這い上がることが出来ただろうか。
あの時、一番犯されてはいけない人に躰を許してしまったいう事実に苦しんでいた。自分の躰が厭わしく良心の呵責に苛まれ、もう生きていられないとさえ思っていた。
丈がいなかったら…俺は……
丈のことを考えると切ない気持ちが込み上げてくる。
今頃、心配しているだろう。ごめん……
****
五年ぶりにニューヨークに戻って来た。意外にも懐かしい気持ちが込み上げてくる。
暗く孤独な五年間だったけれども……それだけじゃなかったのだな。
それはきっと涼のおかげだ。船の上で俺のことを見つめる清らかな瞳にどれだけ癒されたことか。
電話で話した義父が混同している相手は涼だ。絶対にそうだ。
義父が涼に何をするかわからない。いや何もしない、出来ないと信じているけれども、それでも俺のこの不安は拭えない。
万が一のことがあったら……そのことが心配だ。
そもそも涼が俺の親戚だということがバレないようにしたい。涼の家の人たち……母さんの双子のお姉さんである伯母さんに迷惑をかけたくない。そんなことがあったら、天国にいる母さんも悲しむだろう。
夏の間よく避暑地として使っていたあの別荘の住所を確認して、長距離バスの切符を手配する。あいにくバスは午前便が出たばかりで、夜便になってしまうそうだ。
くそっ何か違う手段を選ぶべきか。でも時刻表の前で途方に暮れていると、何人かの男性に車で送ろうかと誘われたので丁重に断った。
無理はしたくない……丈にも約束してきたんだ。絶対に危険なことはしないって。
「はぁ……一気にここまで疲れた」
空港のベンチに座り、一息つく。
雑踏の中、行きかう異国の人……あふれる人種。
いろんな国の言葉が入り混じって、まるで一つの音楽のように聞こえてくる。そんな中ふと自分一人が異邦人のような気分になってくる。
それぞれの人生が、この雑踏の中の人たちにもそれぞれある。
じゃあ俺の人生は……今俺がこんなタイミングでここに来たのも、決まっていたことなのかもしれない。あの遠い過去から来た人たちがそうであったように、すべてはこうなるように出来ているのかもしれないな。だとしたら、俺はもう絶対に道を間違わない。
夜行バスは義父が待つ別荘へと、俺を誘うだろう。
その先に待つものを、迎え入れる心の準備は整った。
灯りがついていない。やはり嫌な予感は的中のようだ。部屋に入り、すぐにリビングのテーブルに残されたメモを見つけた。
洋らしい丁寧な文字だが、どこか焦りを感じる筆跡だ。
ー
丈、悪い。
急用が出来て、今日からの六日間の夏休みはアメリカの父に別荘に行くことにした。
帰ってきたらちゃんと理由を話す。 向こうにはKentもいるし大丈夫。
もう何も起こらないし起こすつもりもないから心配するな。
ー
なっ何だって? よりによって義父のところへ一人で行くなんて!!
はぁ……君は本当に無鉄砲な所がある。無理するなといつも言っているのに、肝心な時に一人で突っ走ってしまう。
いや……そうじゃない。洋はちゃんと私を頼ってくれたのだ。何度も電話でコンタクトを取ろうと試みてくれていた。
その気持ちを無駄にするわけにはいかない。
ふと思い出して棚の引き出しから、あの日洋の義父から送られてきた手紙を取り出しすと、中の航空券がなくなっていた。
……やはりな。
いつもなら破り捨てて存在すら消えていく義父からの手紙が、今回に限って残っていたのも何かの縁だろう。私は別荘の住所を書き留めて、急いで旅行の支度を整えた。
今からだともう直行便はない。明日の朝の飛行機になるが、洋に間に合うだろうか。
今度は私が追いかける!
****
「お客様、座席の背もたれを戻していただけますか。まもなく着陸態勢に入りますので」
「んっ……あ、はい」
すっかり寝てしまっていたようだ。でもおかげで余計なことを考えずに済んだ。もうすぐニューヨークのJFK空港に到着する。
五年前、俺が一人旅立った場所に結局また一人で戻ってきてしまった。
座席の隣をちらっと見ると、見知らぬ女性が座っている。
あぁ丈がいない。この五年間いつも俺の隣には必ず丈がいてくれた。そして、いつも温かい眼差しを俺に注いでくれていた。丈の温かい心を受けることがなかったら、俺は今頃どんな人間になっていただろうか。あの絶望の淵から這い上がることが出来ただろうか。
あの時、一番犯されてはいけない人に躰を許してしまったいう事実に苦しんでいた。自分の躰が厭わしく良心の呵責に苛まれ、もう生きていられないとさえ思っていた。
丈がいなかったら…俺は……
丈のことを考えると切ない気持ちが込み上げてくる。
今頃、心配しているだろう。ごめん……
****
五年ぶりにニューヨークに戻って来た。意外にも懐かしい気持ちが込み上げてくる。
暗く孤独な五年間だったけれども……それだけじゃなかったのだな。
それはきっと涼のおかげだ。船の上で俺のことを見つめる清らかな瞳にどれだけ癒されたことか。
電話で話した義父が混同している相手は涼だ。絶対にそうだ。
義父が涼に何をするかわからない。いや何もしない、出来ないと信じているけれども、それでも俺のこの不安は拭えない。
万が一のことがあったら……そのことが心配だ。
そもそも涼が俺の親戚だということがバレないようにしたい。涼の家の人たち……母さんの双子のお姉さんである伯母さんに迷惑をかけたくない。そんなことがあったら、天国にいる母さんも悲しむだろう。
夏の間よく避暑地として使っていたあの別荘の住所を確認して、長距離バスの切符を手配する。あいにくバスは午前便が出たばかりで、夜便になってしまうそうだ。
くそっ何か違う手段を選ぶべきか。でも時刻表の前で途方に暮れていると、何人かの男性に車で送ろうかと誘われたので丁重に断った。
無理はしたくない……丈にも約束してきたんだ。絶対に危険なことはしないって。
「はぁ……一気にここまで疲れた」
空港のベンチに座り、一息つく。
雑踏の中、行きかう異国の人……あふれる人種。
いろんな国の言葉が入り混じって、まるで一つの音楽のように聞こえてくる。そんな中ふと自分一人が異邦人のような気分になってくる。
それぞれの人生が、この雑踏の中の人たちにもそれぞれある。
じゃあ俺の人生は……今俺がこんなタイミングでここに来たのも、決まっていたことなのかもしれない。あの遠い過去から来た人たちがそうであったように、すべてはこうなるように出来ているのかもしれないな。だとしたら、俺はもう絶対に道を間違わない。
夜行バスは義父が待つ別荘へと、俺を誘うだろう。
その先に待つものを、迎え入れる心の準備は整った。
10
お気に入りに追加
443
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます
夏ノ宮萄玄
BL
オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。
――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。
懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。
義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
悩める文官のひとりごと
きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。
そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。
エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。
ムーンライト様にも掲載しております。
とある文官のひとりごと
きりか
BL
貧乏な弱小子爵家出身のノア・マキシム。
アシュリー王国の花形騎士団の文官として、日々頑張っているが、学生の頃からやたらと絡んでくるイケメン部隊長であるアベル・エメを大の苦手というか、天敵認定をしていた。しかし、ある日、父の借金が判明して…。
基本コメディで、少しだけシリアス?
エチシーンところか、チュッどまりで申し訳ございません(土下座)
ムーンライト様でも公開しております。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
孕めないオメガでもいいですか?
月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから……
オメガバース作品です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
愛などもう求めない
白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。
「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」
「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」
目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。
本当に自分を愛してくれる人と生きたい。
ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。
ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。
最後まで読んでいただけると嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる