重なる月

志生帆 海

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第5章

太陽の影 5

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「待って!その子は俺じゃないっ、他人の空似です! 」
「いや、あの子は洋だ」
「義父さん……何言っているの? 義父さんと今話している俺が洋だ! 」

 もしかしたら、義父は少しおかしくなっているのかもしれない。

 Kentから義父が車椅子生活のストレスからか、ここ数年興奮すると錯乱してしまう傾向があると連絡を受けていたのは事実だ。普段の手紙や電話からは、そんな様子を感じることは微塵もなかったので、気に留めていなかったが……まさかこんなことで気が付くなんて皮肉なものだ。

「いや、私は洋に会いたくて今年は航空券まで送ったんだ。だからちゃんと来てくれたんだ」

 あぁ……もう電話じゃ無理だと思った。

「義父さんっ、お願いだ! その子には話しかけないで下さい」
「何故……だって、お前なのに?」
「違う。俺はまだソウルにいます。でも今から義父さんに会いに行来ます……その子は俺じゃないから触れないで……お願いです」
「今から来てくれるのか。 そうかやっと来てくれるのか」

 義父の興奮は幾分落ち着いたようだ。

「……今日の便で行くので、明日には会えますから」
「本当か。来てくれるのか」

 何度もその言葉を嬉しそうに繰り返している。

「必ず行くから……あの、Kentに変わってもらえますか」
「Kentに? いいよ」

「もしもしyouか、久しぶりだな」
「Kent! 義父さんが変なことを言っているんだ」
「あぁ洋にそっくりな男の子の話だろう? 」
「そうだ、一体どういうこと? 」

 Kentから正確な情報が聞かないと!

「俺も心臓がとまるかと思ったよ。どうやらキャンプに友達同士で来ている子らしいんだが、あまりに似ていて、俺がお前と出会った頃……つまり大学に入学したての洋にそっくりなんだよ。日本人の男の子だし、他人の空似にしては似すぎていて怖い位だ。崔加さんが混乱してしまうのも無理がない」

 俺にそっくりな大学生くらいの男の子。やはり涼だ。

「そう……そうか、やっぱり」
「知っている子なのか? もしかして兄弟……それとも近い親戚とか」
「とにかく俺は今日の便でそっちに行くから、その男の子に義父が接触しないように見ていてくれ。お願いだ! 」
「洋? 何をそんなに怯えている? 」
「とにかく頼むっ」
「分かった。五年ぶりに会えるな。楽しみにしているよ」

 電話を切った後、受話器を持つ手がガタガタと震えていることに気が付いた。

 落ち着け。落ち着くんだ。
 俺はまず何をしたらいい?

 あっそうだ。丈……丈に連絡しないと。

 急に怖くなってきた。あれから理由をつけて避けてきた義父と顔を合わせないといけない。刻一刻とそれは迫ってきている。

 果たして俺一人で対処できるのだろうか。

 明日から六日間……俺はたまたま仕事がオフだから、タイミング的にアメリカまで往復できる。だが丈には医師としての命を預かる仕事があるから、一緒には来てもらえない。

 はっ……俺としたことが、この位のこと自分ひとりで対処できないでどうする!

 五年前に誓ったじゃないか。
 前を向いて歩く、過去に負けないって。

 だが、なのに……こんなに怖いなんて。


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