重なる月

志生帆 海

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第4章

※安志編※ 太陽の欠片 19

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ーNew life 3ー

「ただいま」

  安志さんに借りたベッドを綺麗に整え、電車に乗って新居に戻ってきた。誰もいない家具一つない部屋に立つと、少しだけ寂しい気持ちがこみ上げてくる。きっと小学校低学年の時に父の仕事の都合で渡米してから、ずっとニューヨークで両親と暮らしていたので、日本での暮らしは久しぶりだし一人暮らしが初めてだからだ。

  いつもの僕らしくないな。でも安志さんが近くにいてくれると思うと心強いよ。昨日も今日も……いつも優しい安志さんに僕は甘えすぎていないだろうか。つい甘えたくなってしまう包容力を安志さんは持っている。

 好きだ。

 日本に来てから、その気持ちは高まる一方だ。接すれば接する程、安志さんは他の誰も持っていない、僕の心を包んでくれる人だと実感する。

 僕が日本に来た理由は二つある。

 最初は洋兄さんを探したくて、大学は日本に戻りたいと両親を説得した。でも今はもう一つの大きな理由もある。

 安志さんの傍にいたい。日本とアメリカは遠かったよ。あのサマーキャンプの後すぐにでも安志さんに会いたかった。

 それにしても、いつの間にか僕の心の奥にも洋兄さんの悲しみが住み着いてしまったようだ。洋兄さんの悲しみを帯びた表情がいつまでもひっかかって、僕の表情や心も曇らせてしまうことがある。

 どうして洋兄さんはあんなに一人寂しく時間を潰し周りを警戒していたのか。小さい僕には理解できなかったことも、歳を重ねるごとに躰で理解してしまったからだろう。ふとした瞬間に、あの時他人の手により自由を奪われたことを思い出してしまう。

「くそっ」

 キャンプでのことは思い出したくない! 今までで一番危なかった。本当にあの医師が来てくれなかったら大変なことになっていたに違いない。そうなっていたら今頃どんな気分で僕は安志さんに会っていたのだろうか。いや会えなかったかもしれない。あの時蹴られた傷はもうほとんど消えたが、まだうっすら残っている部分もある。それにこの手首についた鬱血の痕が、僕の気分を憂鬱にさせる。

 ダメだ。こんなことじゃ。
 気持ちを切り替えていこう。
 僕はこんなことには負けない。

 そう思っていると宅配の荷物や家具がどんどん届きだした。

 躰を動かして、嫌な気持ちは振り払おう。忘れよう……


****

「じゃあ、お先に! 」
「おっ安志、今日も定時あがりなのか」
「あぁ仕事なら全部こなした! 文句ないだろ? 」
「まぁそうだが、最近、妙に仕事に集中しているな」
「あぁ早く帰る用事があってな、急ぎの案件もないし帰っていいだろ? 」
「どうぞどうぞ! 可愛い彼女によろしくっ」
「お前っ」

 同僚に揶揄われながら退社した。今日は仕事帰りに涼の新居へ行く約束をした。ポケットに手を突っ込んで家のキーと太陽の欠片のキーホルダーを一緒に握りしめると、ポッとその途端、手のひらが熱くなった。

 今この瞬間にも俺を待っていてくれる人がいる。今まであきらめて見送って我慢しての繰り返しだった俺に。

 帰り道においしそうな和風弁当を二つ買って、涼のマンションの前まで来た。

 ピンポーンー

「あれ?」

 インターホンを出しても誰も出ないので、思い切ってキーを使って中に入った。

「涼、いないのか」

 部屋の明かりもついていない。

 そっと部屋に入ってみると玄関の横にきれいに畳まれた段ボールが沢山置かれていた。結構な量だな。これは今日一日かなり頑張ったのだろう。明かりをつけてみると部屋の真ん中に置かれたセミダブルベッドの上で、涼は躰を丸めてすやすやと安らかな寝息を立てていた。

「なんだ、寝てたのか」

 昨日一緒にホームセンターで買った紺色のシーツは、まるで海のようだ。ベッドという海の真ん中に、海月(クラゲ)のように白いシャツを着た涼が浮かんでいるように見えた。その様子は神秘的な宇宙のようだ。

「涼、風邪ひくよ」

 涼の横に腰を下ろし、顔にかかって汗ばんでいる髪の毛をよけてやると、涼の少し疲れた美しい横顔に、涙のあとを見つけてしまった。

「えっ……泣いたのか」
「あっ……安志さん、来ていたの? 」
「うん、涼どうした? 」
「何? 」
「泣いていたのか」
「えっ? 泣いてなんかいない。なぜ? 」
「……ここ、涙のあとがある」
「そう? 」

 涼の目の下を指先で拭ってやると、そこにキスをしたくなってしまった。

「涼、キスしていいか」
「もちろんだよ」

 涼が気持ちよさそうに目を閉じる。そのまま形の良い鼻筋にキスし、ふっくらときめ細かい肌の頬に手を添えた。

「んっ」

 涼が微笑みながら目を閉じると、長い睫毛が小さく揺れた。そっと優しく労わるようなキスを更に落としていく。涼、もしかしてサマーキャンプのこと思い出していたのか。嫌だったよな。きっと忘れたくても何かの拍子に思い出してしまうんだろうな。

「涼、大丈夫だよ、俺がいるから」

 優しく耳元で囁いてやると、キスで赤くなった耳たぶは更に赤みを増していった。
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