重なる月

志生帆 海

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第4章

※安志編※ 太陽の欠片 16

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summer camp 11

 部屋に入って来たのは、車椅子に乗った初老の男性と車椅子を押すダークスーツの白人男性。

 初老の男性は顔立ちから、僕と同じ日本人のようだ。おそらく実際の年齢よりも老けて見える白髪混じりの髪だった。医師の男性も、さっきは英語を話していたが日本人だ。

「あぁ……よかったよ。何事もなくて」

 低くしわがれた声。だが心の底からの労りのこもった落ち着いた声だった。僕を通して遠くに誰かを見ているような優しい眼差しをまた感じる。この人は一体誰だ?

「あの……この別荘の主ですか。あなたは」

「あぁこの通り、車椅子の生活だからね、夏の間はいつも秘書とここで過ごしているのだよ。昨日は人が訪ねて来てくれて夜中まで歓談していた。だから君のアクシデントに気が付けたのかもしれないね」

「そうだったのですね。本当に助けて下さって、ありがとうございます。」
「いや……すべきことをしただけだ。人として当たり前のことをしただけだよ」

 車椅子の男性の表情は何故かとても暗かった。この視線は……なんとも不思議な感じだった。summer campに来てから感じていた絡みつくような視線の主は、実際に会ってみると温厚な紳士だった。

 何故、僕はあんな風に不安に感じたのだろうか。そもそもこの人達は一体どういう関係なのか。もしかして……何か僕と関係があるのか。そんな考えが浮かんでは消えていく。

「あの、あなたたちのお名前を聞いてもいいですか」

 男性たちは顔を見合わせ、首を振った。

「いや……君に名乗るほどではないよ。さぁもう行ったほうがいい。騒ぎが大きくなる前に。下に迎えが来ているよ。あんなに心配そうな顔をして」
「えっ?」

 助けてくれた医師の男性がカーテンを開け、窓の下を指さしたので覗き込んでみると、Billyがこの別荘を見上げ、心配そうにウロウロしている。

「あっBillyの奴なんで?」
「さぁ早く行ってあげなさい。本当に何事もなくてよかったよ」

 確かにこれ以上ここにいてもしょうがない。僕が男に襲われたなんて噂が広まったから、残りのsummer campが台無しだ。そう思うと早くBillyの所に行くのが懸命だと思った。

「そうします! あの…本当にお世話になりました」
「あぁ……これからは気を付けて過ごしなさい」
「はい!」
「さぁ玄関はこちらだ」

 あわただしくベッドから降りて、僕は医師の男性に案内されて玄関ホールに向かった。だが、この医師の男性とは、特に別れがたい気持ちになった。なぜか懐かしいような安心するような人だから。

「あの……せめてあなたのお名前だけでも」
「……いや、君とはいつかちゃんと会えると思う」
「えっ……あの、それってどういう意味ですか」
「さぁこれは鎮痛剤と化膿止めの軟膏だ。打ち身が痛んだら飲んで、薬もきちんと塗りなさい」
「あっはい」
「でも……名前だけでも」

 その時ドアが開いてBillyが飛び込んで来た。

「Ryo~っお前心配かけるなよっ!」

 ぎゅっとハグされて、体が痛んだ。

「わっ痛い!離れろ、Billy!」

「あっ悪い悪い、だってお前さ、夜中にいきなり外に行ったとき帰ってこないから、俺探しに行ったんだぜ。やっと見つけたと思ったら何だか怪我したみたいで、この人に抱きかかえられてこの家に入っていったから、一体どうなってんだって、もう焦ったぜ!」

「悪い。夜中に散歩していたら……えっと鹿が飛び出して来て……派手にひっくり返っちゃって……で、僕の悲鳴を聞いたこの人に助けてもらったんだ。彼はお医者さんだよ」

「なんだっそういうことか。心配したんだぞ。それにしてもあんな夜中に危ないぞ!summer campにはいろんな奴が来ているし、ガラが悪い奴らもいて、朝から通報があったみたいですポリスが来て大騒ぎだったぜ」

「そうか……ごめん。Billy」

 嘘ついてごめん。でも自分でも恥ずかしいんだ。あんな目に遭ったことを君には知られたくない。本当に危なかったから今でも動揺が隠せないのが事実だ。

「さぁもう行きなさい。友達のところへ」
「ありがとうございました。結局、名前教えてもらえなかったけど、いつかまた会える気がします!」
「おいっRyo……なんだよ、それ? このお医者さんに惚れちまった?」
「はぁ? お前……バカだな」

 Billyが、からかってくるので恥ずかしくなって、足早に別荘から立ち去った。
 
 早く嫌なことは忘れて、残りsummer campを楽しもう!

****

 安志さんの横に躰を寄せて座り体温を分かち合いながら話すと、心が落ち着いた。

 安志さんには隠し事をしたくない。そう思ったからsummer campでの出来事をすべて包み隠さず話した。

「そうか……涼……大変な目に遭ったんだな、辛かったな。怖かったな……嫌だったよな」

 安志さんはその黒い瞳を潤ませながら、僕の背中を何度も何度も労わるように擦ってくれる。

 あぁやっぱりこの人は落ち着く。

「うん……辛かったよ。怖かったし、嫌だった」

 安志さんに言われた言葉を復唱すると、少し心が軽くなる。安志さんといると自分の気持ちに正直になれる。

 この人がいい。僕はこの人の傍にいつもいたい。

「うん……ごめんね。僕が不注意だった。僕が招いたんだ」
「何言ってる? 涼のせいじゃないだろ。涼は何一つ悪くない。自分を責めるな」
「だって僕……」
「よかった。涼が無事で……本当によかった。またあんなことになったらと思うと心が凍るようだったよ」
「安志さん……またってどういう意味?」

 ふとその言葉が気になった。あの時、助けてくれた医師の男性も似たようなことを言っていた。何かがずっと心にひっかかる。

 安志さんも少し慌てた様子だ。

「あっ違うんだ……涼のことじゃなくて……洋が……」
「洋兄さん?」


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