重なる月

志生帆 海

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第4章

※安志編※ 太陽の欠片 15

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summer camp 10

 目覚めるとふかふかのベッドに寝かされていた。窓から見える空は明るくなってきている。もう夜明けなのか。

 ここは……? あっそうだ。夜中に僕、一人で池まで行って、それで……そこまで思い出し目をぎゅっと瞑ってしまった。

 思い出したくない光景がフラッシュバックしてくる。

 きつく押さえつけられた手首の痛み、投げ飛ばされたベッドが男二人の体重でいやらしく軋む音。僕にかかるアルコール臭い熱い息。下半身を触られたあの鳥肌が立つような不気味な感触。

 音、感触で僕を暗い闇に引きずり込もうとしてくる。

 本当に怖かった。安志さんにもう会えなくなると覚悟した。

 一体誰だろう……僕をあの時助けてくれた人は。

 男達を蹴散らかし、手際よく僕の傷を的確に確認し処置してくれた。

 自分の躰を確かめると、草むらに蹴飛ばされた時、思いっきり擦りむいて血がにじんでいた腕には丁寧に包帯が巻かれ、打ち付けてジンジンと痛んだ肩には冷たい湿布も貼られていた。

 とにかく助かった。今まで数々の危機はあったが今回が一番恐ろしかった。まさかあんなに一方的にやられるなんて思っていなかった。

 こんな目に遭ったことを知ったら、安志さんは心配するだろうな。やっぱり安志さんの待つ日本に予定を早めて行けばよかった。そうしたらこんな目に遭わずに済んだのに。後悔が募るよ。

「安志さん……」

 小さな声で呟くと、その名前を口にするだけで、あの安志さんの清潔な雰囲気に包まれているような気分になってくる。早く……早く会いたい。

 トントンー

 ドアをノックする音がした。

「入ってもいいか」
「あっどうぞ」

 現れたのはとても穏やかな目をした背が高い大人の男性だ。もしかして、この人が僕を助けてくれたのか。

 僕の顔を懐かしそうにあ不思議そうに、じっと見つめてくる。こんな風に見られるのは安志さんの時を思い出す。

「あの……あなたが助けてくれたんですか」
「あぁ、私はこの別荘に昨日来たばかりだが、夜中に池の方が騒がしくて気になってね」
「ありがとうございます。あの……」

 急に恥ずかしくなった。

 僕は男のくせに男に性欲を向けられ、無理やり襲われ犯されそうになっているところを目撃されたという羞恥心がどんどん膨らんで、この場から消えたくなってしまった。

「大変な目に遭ったな。本当に……間に合ってよかった……今回は」

 その男性は苦渋に満ちた目で、僕のことを愛おしそうに見つめてきた。

「あの……今回って?……僕……あなたに会うの初めてですよね?」
「あっすまない。私の大切な人もあの時こうやって救ってやりたかったと思い出してしまって」
「えっ……あなたの大切な人も僕のような目に?」
「あぁ……助けられなかったんだ。苦しんでいたのに」
「その人……今は?」

 男性の悲しげな表情に何か引っかかることがあって、もっと話を聞きたいと思ってしまった。男性は意外なことを質問されたような顔をした後、ふっと力が抜けたように微笑んだ。

「大丈夫。今はとても幸せに暮らしているよ」
「よかった。僕も本当に何もなくてよかったです。助けてもらえて……あなたのおかげです」

 本当に危なかった。あれ以上のことをされていたら、安志さんに顔向けできないところだった。この人が助けてくれなかったら、どうなっていただろうか。その悲惨な結末を脳裏に浮かべると、吐き気がこみ上げてきた。

「打撲だけで済んでよかったな。簡単な治療はしたが、他に痛いところはないか。頭は打ってないな」
「あの……あなたはお医者さんですか」
「そうだ。医師だよ」
「やっぱり」

 綺麗に巻かれた包帯にも、手際よい治療にも納得できた。そしてこの安心感はなんだろう。すごく心地よい。

「そろそろ入ってもいいかな」
「ええお待たせしました。どうぞ」

 その時、ドアの向こうから初老の男性が入って来た。

「あっ!」

 その人物の視線を感じ、はっとした。

 この視線は、僕がこのキャンプに来てからずっと感じていたものじゃないか!

 一体この男性は誰だ? 何故……そんな風に僕をじっと見つめるのか。


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