重なる月

志生帆 海

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第4章

※ 安志編※ 太陽の欠片 6

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ーsummer camp・1-

 ピィーピピー

 車のクラクション音が外から聴こえてくる。

「Ryo!I've come to pick up.(迎えに来たよ)」
「Thank you!Billy!」
「じゃあ母さん行ってきます」
「涼、くれぐれも気を付けてね」
「はい」

 今日から一週間、六月に高校を卒業したばかりの僕は※Prom(プロム)で意気投合した男女八人のグループでsummer campに参加することになっている。

※プロム プロムナード(米:promenade、舞踏会)の略称で、アメリカやカナダの高校で学年の最後に開かれるフォーマルなダンスパーティーのことである。

 恐らくこれがアメリカでの最後の旅行になるだろう。来月から僕は安志さんが待つ日本で暮らすことになる。日本の大学に九月から通い、そのまま安志さんがいる日本で就職して、ずっと安志さんと一緒に日本で暮らしたいと思っているから。

 summer campか……

 中学や高校で参加したような勉強がメインのものではなく、卒業生向きの緩い遊びメインのキャンプだそうだ。あまり乗り気はしなかったが、僕の送別会という名目でハイスクールのクラスメイト達が企画してくれたものだから断れなかった。

 ……安志さん、今からハイスクールの友人たちと一週間ほどsummer campに行ってくる。忙しくなるからあまりメール出来なくなるかもしれない。ごめん!……

 安志さんへのメールを一通送信してから、僕は家を出た。

 ビリーの車に乗り込むと、彼は白い歯を大きく見せて嬉しそうに笑っていた。

「Ryo~来てくれて嬉しいよ! 一週間も一緒に遊べるなんて夢のようだな! 」
「あぁ」

 このビリーという男はクラスメイトの一人で、アメフト部の主将だった奴だ。

 いかにもアメリカの青年らしい風貌で、背が高く体をガッツリ鍛えていて運動神経がいいハンサムな男なのでハイスクールでも抜群に人気があったが、僕はこいつが少しだけ苦手だった。普段はいい奴なのに、たまに僕のことを見る目が、あの何度も経験した嫌な雰囲気を帯びることがあったから。でも気のせいだと思いたい。特に今まで何があったわけでもないし、僕が過敏になり過ぎている。

 それにビリーにはちゃんとステディな彼女もいる。summer campには他にも大勢の参加者がいるし、二人きりでもないし気を付けていれば大丈夫だろう。

「なぁRyo、本当に秋から日本へ行ってしまうのか」
「うん、九月入学でもう入学手続きも終わってるよ」
「もうここには戻って来ないつもりか」
「あぁ僕は日本の方が合うみたいだ。向こうで就職することも考えている」
「……えっそうなのか。それは残念だな」

 ビリーは心底残念そうな顔をし、雰囲気が気まずくなったので話を逸らす。

「ビリーこそ、また大学でもアメフトをやるのか」

「あぁもちろんだよ! しかしRyoも一緒の大学に来ればよかったのに。お前の頭の良さや足の速さなら、どんな奴にもひけをとらないのに。陸上部は日本でも続けるのだろう? 」
「そうだね。走るのは好きだから続けてみようかな」
「しかしお前のプロムでの余興良かったよ」
「あっあれはもう忘れろっ!」
「ははっ、本当に最高に綺麗だったぞ。お前の女装!」
「もう言うなよっ!思い出しても恥ずかしい」
「そうか~写真もばっちり撮ったぜ! はははっ見るか?」
「なっ!もう消せよっ」

 プロムでの余興で、僕はくじでうっかり女装役をひいてしまった。もちろん女装役は僕一人ではなかったし、みんな余興だって割り切って楽しんでいたので、一人だけ抵抗するわけにも行かなかった。

 ううう……抹殺したい過去だ。いくらなんでもドレスにウィッグ姿なんて勘弁してほしかった。これがまた何故か似合っていたようで、みんな目を丸くしやがって。

 目立つことは避けて来たのに……はぁ…なんて運が悪いんだ。

 マンハッタンから車で約三時間のニューヨーク州の山中にあるキャンプまで、僕はビリーとこんな風に、たわいもない会話をしながら過ごした。
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