重なる月

志生帆 海

文字の大きさ
上 下
220 / 1,657
第4章

【4章最終話】満月の夜、月が照らす道 2

しおりを挟む
「いよいよなのか」
「そうだな」

 すぐ横に立つ丈を見上げながら俺は呟くと、丈からも緊張した声が返ってくる。今俺達は、kaiが見つけてくれた月夜見海岸に立っている。

 浴衣姿の洋月、この世界に来た時の衣装に身を包んだ王様、現代の洋服を着た赤い髪の女、そしてkaiも一緒だ。

 空には一つも欠けることのない丸い月がぽっかりと浮かび、妖しいほどの月明かりを海に落としていた。

 降り注ぐ月明かりが波間に揺れ、まるで月までの橋が架かっているみたいに真っすぐに一直線に輝いていた。

「あの月の道は本当に歩けそうだね。まるで本物の橋のようだ」

 洋月がその先にあるものが気になるような様子で呟いた。

「kai……満月になるのはそろそろか」
「あと五分だ」

 このメンバーで集うことは二度とない。
 この一瞬を惜しむように、俺は一人一人の顔を見た。

「王様、俺よりもっと強いヨウの所に戻ってくださいね。そしてヨウとジョウが幸せに暮らせるように君の力を貸してあげて欲しい」
「うん! 僕は……こんなに不思議な体験をしたんだ。もっと心と躰を鍛えて、いい王様になれるように努力する。そしてヨウとジョウにもずっと傍にいてもらうよ。二人の愛を認めるよ」
「良かった。信じているよ」

 抱きしめた王様の小さな体は、ここ一カ月で随分と逞しくなった気がする。一人でこんな世界に迷い込んで未知の治療を受け克服し、本当に精神的にもタフになったのだろう。

 次に赤い髪の女……由さんと向かい合って握手をする。

「あなたのお陰で、俺達の過去を変えることが出来る。あなたが過去の俺達の世界に迷いこんでなかったらと思うとぞっとするよ。ありがとう。俺たちのために尽力してくれて。もうあなたの本来いるべき世界へ戻って幸せに暮らして欲しい」
「ほんとに貴重な体験だったわ。あー私は十四年前に戻るのね。いつか年老いたおばあさんになった私とすれ違うかもしれないわね、その時は無視して頂戴! ふふっ」

ふわりと赤い髪が視界を遮る。その次の瞬間、頬に口づけされていた。

「ふふっお別れのキスよ」
「なっ!」
「だって丈さんの怒る顔を最後に見たくて!彼、ずっと冷静沈着だったから」

 口づけされた頬を押さえ乍ら、ちらっと横目で丈を見ると、睨まれてしまった。参ったなと苦笑しながら、洋月の方を向く。

「洋月……」

 俺が追加で買ってあげた浴衣を持っている。洋月の希望で、丈の中将のサイズを購入してあげたものだ。大事そうに抱きしめるように抱えている姿が可愛らしい。

「洋月……幸せになって。君のお陰で俺は父に会いに行く勇気をもらったし……本当に励まされたよ」
「洋……俺も君と会えて、君の行動を間近で見ていて、勇気をもらったよ。そして丈と仲良しの君がうらやましくもなった。俺も丈の中将のところに帰りたくなったよ。本当にありがとう、俺の分身にような君が大好きだよ」
「洋月……もう一人の俺の幸せを願っているよ。いつも……」

 一人ひとりへの挨拶を終えると、心が本当に温かく落ち着いて来た。

『満たされた心』

 幸せを願っている。

「洋、そろそろ時間だ」
「あぁ。丈も手伝ってくれ」

 胸元からそっと月輪を取り出し手の平に乗せる。丈も胸元から取り出し、二つの月輪を重ねた。

『重なる月』




 月輪は手の平で眩い光を生み出し、一気に海にかかる橋を駆け上がっていった。空には白く輝く星の群れ、そこに一直線にかかる橋が現れる。なんともいえない厳かな光景だ。




「今だ、元の場所へ帰る時が来た」
「洋、素晴らしい光景だ。行く時が来たよ」

 洋月の口から和歌が詠まれる。

 かささぎの 渡せる橋に おく霜の 白きを見れば 夜ぞ更けにける

           中納言家持(6番) 『新古今集』冬・620

 意味……七夕の日、牽牛と織姫を逢わせるために、かささぎが翼を連ねて渡したという橋。天の川にちらばる霜のようにさえざえとした星の群れの白さを見ていると、夜もふけたのだなあと感じてしまうよ。


「行こう!」

 王様と赤い髪の女、洋月
 三人は手を繋いで歩きだした。
 海に架かる光で出来た橋を一歩一歩進んで行く。

「さよならじゃない……君たちは俺に繋がっているから」

 赤い髪の女は十四年前の世界の婚約者の元へ。
 王様はヨウの元へ、洋月は丈の中将の元へ……それぞれが帰りたい場所へ行くんだ。

 これは別れじゃない。そう思うのに、どんどん姿が小さくなっていく三人を見送ると自然と涙が浮かんでくる。三人の影はやがて光に渦にのまれ、一瞬雷光が轟いたかと思うと、もとの穏やかな海に戻っていた。

 残されたのは俺と丈とkaiだけだ。

「行ってしまったね」

 少し寂し気に丈に話しかけると、丈は穏やかな瞳で俺を見つめ、目元の涙を拭ってくれた。

「私たちの心の中に皆いるよ……ずっと」
「そうだね。俺たちは俺達で……また始まるだけだね」

 果たして本当に過去を変えることができたのだろうか。
 過去が変わったがどうかは分からない。
 分かるのは俺達がずっと一緒にいられるということだけ。
 それが俺にとっての一番の幸せだ。

 重なった月は、また元の場所へ戻っていった。

 空に月はひとつ──

 これからは、それぞれの時代を明るく照らすだろう。



『重なる月 4章』 了



****

こんにちは!志生帆海です。
ふぅ~とうとう!『重なる月』の第4章が完結しました。だいぶ長い章になってしまいました。『重なる月』のタイトルを踏まえた輪廻転生編をお楽しみいただけたでしょうか。

素人の稚拙な文章で、誤字脱字もあり読みにくい部分も多々あったと思うのですが、なんとか無事に輪廻転生&タイムトリップの筋書きを完結させることが出来ました。

本当にありがとうございました。何度も背中を押していただいて感謝しています。ちょっと脱力気味ですが、まだまだ創作話を書くことを続けて行きたいなと思っています。

とりあえず次回は『悲しい月』と『月夜の湖』の更新を予定しています。
無事に帰りついたそれぞれが幸せになるところまでしっかり描きたいです♪
いつも読んでくださってありがとうございます。
更新の励みになっております。

感謝を込めて♪


しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

【完結】別れ……ますよね?

325号室の住人
BL
☆全3話、完結済 僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。 ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

処理中です...