重なる月

志生帆 海

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第4章

時を動かす 14

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 あれから1週間経った。予定よりも随分長いアメリカ滞在になってしまった。

 今から俺は丈の元へ戻る。空港には車椅子の父とそれを押すKentの姿があった。そして俺の隣にはまるでボディガードのように周囲に睨みをきかしているkaiがいる。

「それじゃ……行くね」

 最後にもう一度だけ父を見る。残念ながら下半身に麻痺が残り車椅子になってしまったが、秘書のKentがしっかりサポートしてくれるというから安心できる。これからじっくりとリハビリしていくそうだ。

 父も俺を真っすぐ見つめ無言で頷く。父が意識を取り戻した日に手を握り合って泣いてからは、お互いなんとなく気まずく、なんとなく恥ずかしく……ろくに口を聞いてない。

 もう俺は父を憎んではいないのだろうか。以前のように一緒に暮らしたりとか、そういうことは考えられないが、親子の関係だけはなんとか続けていけそうだ。

「父さん、元気で……また……来ます」

 最後にそれだけなんとか話せた。

「洋……父さんはひとりで大丈夫だ。いやKentに支えてもらって、なんとかやっていくからもう気にするな。お前は、これからは自由に歩んで欲しい」
「そんな……」
「幸せになって欲しい。言える立場じゃないがそう願っている」

 あんなに俺に執着していた父から、こんな言葉が出るなんてまだ信じられない。

「ありがとう。そう言ってもらえてうれしいですが、今でも……父さんは俺の父さんであることには変わりないから」

 もう許していきたい。俺が遠くへ旅立つことを許してくれた人のことを。

 人は時に取り返しがつかない程、大きな過ちを犯してしまうことがある。

 その過ちをどう認め、どう責任をとるかが肝心だ。

 父さんはKentの命を守り自分の下半身が動かなくなってしまった。Kentはすべてを投げ打って俺のことを影からそっと守ってくれていた。

 そして今は、父の手となり足となり生きる覚悟があることを告げてくれた。

 もう十分過ぎるよ。それを許せない俺が小さく感じる程、皆、しっかり今を生きている。

 この別れは……さよなら……ではない。

「行ってきます」

 そう告げて俺は空に飛び立った。飛行機が離陸すると、まるで羽が生えたように、自由というものを全身で感じた。

 もう逃げなくてもいい、隠れなくてもいい。

 ほっとした拍子に少し涙ぐんでしまったが、kaiは素知らぬふりをしてくれた。

「kai……ありがとう」
「なんだよ? 改まって照れるな~」
「ふふっアメリカで頼りになったよ。その……一度も嫌な目に遭わなかった」
「あー疲れたよ! お前のガードも。ほんと周りの色目、酷過ぎっ! 洋、フェロモン出し過ぎだぞっ」
「そんなっ。お前は全く大袈裟な奴だな」

 kaiは明るい。
 kaiのお陰で滅入らず済んだ。

 ありがとう。kai……カイ……海……
 いつの世も俺を守ってくれて!

 俺はポケットに忍ばせた月輪の欠片をそっと握りしめた。

『欠片を胸の月輪にあてはめれば、まるでパズルのピースがはまるように、時を動かす力が働き出す』

 そうなることを予感している。

 丈……俺が奪われたものは、全て戻ってきた。

 早く逢いたいよ。話したい。もうすぐ、丈が待つ場所へ戻ることが出来る。

 ようやく戻るのだ。すべて元の姿に──


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