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第4章
時を動かす 13
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「慈雨……」
意識を取り戻した父が最初に発した言葉を繰り返してみる。
慈雨とは……めぐみの雨。ほどよい時にほどよく降って草木や作物を潤し育てる大切な雨のことだ。
「俺の涙には、そんな素晴らしい価値はないよ。父さん……」
「洋……」
父はまだおぼつかない手を震わせながら俺の方へ伸ばして来た。
少しの戸惑いの時間が流れた。
トンっ
その時、いつの間にか俺の後ろに立っていたKaiが俺の肩を優しくそっと押してくれた。それで俺はやっと父の手を取ることが出来た。
「父さん……気が付いてくれてよかった」
ただ本心からそう思った。死んで欲しいか生きて欲しいかと言われたら、生きていて欲しかったから、そう思っただけ。俺はすべてを許せるほど聖人君子でもない。慈雨の涙なんて感謝されるのも、おこがましいことだ。
「洋、すまなかった。私はお前に償い切れない罪を犯してしまった。私はなんで生きているんだ。あの時死んだと思った。死んでいいと思ったのに、ずーと深い湖の底に沈んでいるような意識だった。そこに温かい慈雨が降り注いで、夢の中に夕(洋の母)が現れて、私の手をひいて湖面へと連れて行ってくれた」
父は俺の手を握りしめ目からは涙を溢れさせながら、必死に話していた。
「母さんが夢に?」
「あぁ女神のように微笑んでいた。そして目が覚めたら目の前にお前がいて、私を湖底から引き揚げてくれた手はお前の温かい手だった」
「俺の手が温かい?」
ずっと心も躰も冷えていたので……冷たい手だと思っていた。
「あぁ……とても」
その時、カーテンの向こうから担当医師の声がした。
「崔加さん気が付かれたのですね! 本当にあなたは奇跡的ですよ」
「先生ですか……父のことを本当にありがとうございます」
「おや、君が息子さん? 」
「はい」
「良かったね、崔加さん、やっと息子さん来てくれたのですね! 」
「お父さんはここに運び込まれた時には、まだ少し意識があって、しきりに呼んでいたんですよ。あなたのことを、一目会いたいって……ずっと意識が途切れるまでうわ言のように」
「……そうなんですか」
父が俺に会いたいと言ってくれていた。そんなにも苦しい状態の中で、俺を探し求めてくれたのか。
「父さん、俺……来るのが遅くなったね」
俺は……俺を凌辱した義父ではなく、俺を育ててくれた父として落ち着いた気持ちで再び父を見つめることが出来た。
「しかし息子さん。実はお父さんはあの銃撃で即死のところでした!」
「えっ? 足を撃たれたと聞いていますが」
「いや最初の1発は違ったのです」
「えっ……そうなんですか」
「私が最初に奇跡的だと話しましたよね。理由はこれです」
医師の手の平には、白く光る物体があった。
「最初の一発は心臓を狙っていました。ところがこの石のような物体が銃弾を奇跡的に跳ね返したようです。現場検証とスーツに空いた穴で分かりました。しかしこんな小さな石が人間の躰を守るなんて、信じられないことですよ。だから奇跡的だと思うのです」
えっ……これは……なんてことだ!
俺の月輪の欠片じゃないか。
忘れるはずもない。あの日父に襲われた時、無理矢理投げ捨てられて欠けてしまった月輪。
その欠片を父が拾ってずっと持っていてくれたのか。
ずっと話を聞いていた父から、嗚咽があがった。
「それは、私が息子から奪ったものでした。ずっとずっと返したくて肌身離さず胸ポケットに入れていたのです。まさかそれが私の命を守ってくれたなんて……信じられない。それは息子の大切なものです。どうか息子に渡してください」
「そうだったのですね。息子さんのものだったのですね。じゃあ息子さんがまさに身を挺して、お父さんを守ったという訳ですね。実にいい話だ。お伽話のようなことって現実にあるのですね」
医師も感無量になり、涙ぐんでいた。
俺の手に今戻される月輪。手に載せられた途端、満ち足りた気分になった。
俺がわざわざアメリカまで来た意味がすべてわかった瞬間だ。
意識を取り戻した父が最初に発した言葉を繰り返してみる。
慈雨とは……めぐみの雨。ほどよい時にほどよく降って草木や作物を潤し育てる大切な雨のことだ。
「俺の涙には、そんな素晴らしい価値はないよ。父さん……」
「洋……」
父はまだおぼつかない手を震わせながら俺の方へ伸ばして来た。
少しの戸惑いの時間が流れた。
トンっ
その時、いつの間にか俺の後ろに立っていたKaiが俺の肩を優しくそっと押してくれた。それで俺はやっと父の手を取ることが出来た。
「父さん……気が付いてくれてよかった」
ただ本心からそう思った。死んで欲しいか生きて欲しいかと言われたら、生きていて欲しかったから、そう思っただけ。俺はすべてを許せるほど聖人君子でもない。慈雨の涙なんて感謝されるのも、おこがましいことだ。
「洋、すまなかった。私はお前に償い切れない罪を犯してしまった。私はなんで生きているんだ。あの時死んだと思った。死んでいいと思ったのに、ずーと深い湖の底に沈んでいるような意識だった。そこに温かい慈雨が降り注いで、夢の中に夕(洋の母)が現れて、私の手をひいて湖面へと連れて行ってくれた」
父は俺の手を握りしめ目からは涙を溢れさせながら、必死に話していた。
「母さんが夢に?」
「あぁ女神のように微笑んでいた。そして目が覚めたら目の前にお前がいて、私を湖底から引き揚げてくれた手はお前の温かい手だった」
「俺の手が温かい?」
ずっと心も躰も冷えていたので……冷たい手だと思っていた。
「あぁ……とても」
その時、カーテンの向こうから担当医師の声がした。
「崔加さん気が付かれたのですね! 本当にあなたは奇跡的ですよ」
「先生ですか……父のことを本当にありがとうございます」
「おや、君が息子さん? 」
「はい」
「良かったね、崔加さん、やっと息子さん来てくれたのですね! 」
「お父さんはここに運び込まれた時には、まだ少し意識があって、しきりに呼んでいたんですよ。あなたのことを、一目会いたいって……ずっと意識が途切れるまでうわ言のように」
「……そうなんですか」
父が俺に会いたいと言ってくれていた。そんなにも苦しい状態の中で、俺を探し求めてくれたのか。
「父さん、俺……来るのが遅くなったね」
俺は……俺を凌辱した義父ではなく、俺を育ててくれた父として落ち着いた気持ちで再び父を見つめることが出来た。
「しかし息子さん。実はお父さんはあの銃撃で即死のところでした!」
「えっ? 足を撃たれたと聞いていますが」
「いや最初の1発は違ったのです」
「えっ……そうなんですか」
「私が最初に奇跡的だと話しましたよね。理由はこれです」
医師の手の平には、白く光る物体があった。
「最初の一発は心臓を狙っていました。ところがこの石のような物体が銃弾を奇跡的に跳ね返したようです。現場検証とスーツに空いた穴で分かりました。しかしこんな小さな石が人間の躰を守るなんて、信じられないことですよ。だから奇跡的だと思うのです」
えっ……これは……なんてことだ!
俺の月輪の欠片じゃないか。
忘れるはずもない。あの日父に襲われた時、無理矢理投げ捨てられて欠けてしまった月輪。
その欠片を父が拾ってずっと持っていてくれたのか。
ずっと話を聞いていた父から、嗚咽があがった。
「それは、私が息子から奪ったものでした。ずっとずっと返したくて肌身離さず胸ポケットに入れていたのです。まさかそれが私の命を守ってくれたなんて……信じられない。それは息子の大切なものです。どうか息子に渡してください」
「そうだったのですね。息子さんのものだったのですね。じゃあ息子さんがまさに身を挺して、お父さんを守ったという訳ですね。実にいい話だ。お伽話のようなことって現実にあるのですね」
医師も感無量になり、涙ぐんでいた。
俺の手に今戻される月輪。手に載せられた途端、満ち足りた気分になった。
俺がわざわざアメリカまで来た意味がすべてわかった瞬間だ。
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