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第4章
時を動かす 11
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kentとは夕方病院を訪れる約束をして、俺は一旦ホテルへ戻った。ホテルの玄関が見えると、kaiが血相を変えて飛んで来た。
俺の無事を確かめると同時にぐいっと抱かれ、髪をぐしゃぐしゃっと撫でられた。くすぐったいが、ほっと安堵した。
「洋!!お前っびっくりさせるなよ!」
「kai……すまなかったな」
「勝手に出かけるなって言ったのに、焦ったよ。帰宅したらお前の姿が見えなかったから」
「ごめん、少し外の空気が吸いたくて」
「そっか」
心から安堵したような表情で、kaiが俺のことを見つめてくる。
「何かいいことがあったのか?」
「えっなんで?」
「朝より表情が明るいから」
「そうか……実は」
俺はkaiも知っておくべきだと思ったので、Kentとのことを簡単に説明した。父が実の父でないこと、関係が上手くいっていなかったことも。ただ、夏に凌辱されたことだけは話せなかった。
勘のよいkaiのことだ。何か気がついているかもしれないが、何も聞いてこなかった。
「そうか……洋、よく決心したな。夕方一緒に行こうな」
「ありがとう。kai」
この旅行ももうすぐ終わりが近づいているような、そんな晴れやかな気持ちになっていた。
****
今俺は再び意識不明の父が眠るICU(集中治療室)の前に立っている。
「洋……行って来い」
「you、来てくれてありがとう」
ガウン・キャップ・マスクを身に付けて、スタッフに案内されカーテンを潜り抜け、父の横に立つ。
ゴクリ……緊張のあまり喉が鳴る。
あれ以来……いや……もうずっと父のことをちゃんと見ていなかったのかもしれない。俺はいつも避けて、近づかなかった。
青白い顔で酸素マスクや点滴など、いくつもの管に繋がれて横たわる父は実年齢よりもずっと老け込んでみえた。
父は、こんなに老けていたのか。
こんなに疲れた顔をしていただろうか。
苦悩した表情のまま意識が戻らない父をまじまじと見つめる。
「あなたは……あなたなりに後悔して……そして罪に報いろうとしたのですね」
確かにそう感じるものがあった。途端にすっと躰の力が抜けて、自分から看護士に尋ねていた。
「父の躰に触れても?」
「もちろんです。手に触れて、耳元で呼びかけてください」
父の横にある椅子に座り、その手に恐る恐る触れた。
勇気を出して。
この手にされたことばかり思い恨んでいたが、この手から与えてもらったものも数多くあるのだから。
生きている……温かい。
俺は、父のことを血も通っていないような極悪人のようにずっと思い、憎んでいた。この世からいなくなればいいとさえ思っていた。そんな考えしか持てなかったことが、今は少しだけ恥ずかしい。
一度触れてしまえば、ふわっと思い出す。
再婚した当初の優しかった父の手を……六歳の時に父を亡くした俺には、実父との思い出はほとんどない。十一歳の時から俺の父はこの人だった。
俺を真ん中にして母と父と手を繋いで歩いた道。道に映った幸せそうな影。乗馬もテニスもみんな父が教えてくれた。
だが、母が亡くなってから、ちょうど思春期でもあった俺は、血もつながらない赤の他人として父を見るようになってしまった。
その頃、自分に襲い掛かる同性からのいやらしい視線。痴漢行為。強姦未遂など……嫌なことばかりが続いていて、俺自身も信じる心を失いつつあった。
そして、いつの間にか父も同類だと思い、毛嫌いするようになってしまっていたのかもしれない。
父は何故……俺を凌辱したのだろう。
父が狂ったのは、寂しさからなのか。
俺が父を嫌って、遠くにいこうとしたからなのか。
父が豹変してしまったのは、アメリカへ夏休み帰国せずに、丈と結ばれたことがばれた時だ。
俺もまた父を捨て、違う人のもとへ行ってしまうと思ったのか。母が婚約していた父を捨てたように。母が父を置いて逝ってしまったように。俺を手放したくなくて、あんなことをしてしまったのか。
可愛そうな人だ。
俺もあなたも……
そう思うと自然と涙が浮かび、父の手の甲に一滴、また一滴と落ちていった。
「俺はあなたを許せるように努力します」
そう心の底から自然に思った。
そして、父の手をぎゅっと握りしめ、そっと耳元で囁いた。
「どうか目を覚ましてください」
「覚まして欲しい」
「このまま逝かないで」
俺の無事を確かめると同時にぐいっと抱かれ、髪をぐしゃぐしゃっと撫でられた。くすぐったいが、ほっと安堵した。
「洋!!お前っびっくりさせるなよ!」
「kai……すまなかったな」
「勝手に出かけるなって言ったのに、焦ったよ。帰宅したらお前の姿が見えなかったから」
「ごめん、少し外の空気が吸いたくて」
「そっか」
心から安堵したような表情で、kaiが俺のことを見つめてくる。
「何かいいことがあったのか?」
「えっなんで?」
「朝より表情が明るいから」
「そうか……実は」
俺はkaiも知っておくべきだと思ったので、Kentとのことを簡単に説明した。父が実の父でないこと、関係が上手くいっていなかったことも。ただ、夏に凌辱されたことだけは話せなかった。
勘のよいkaiのことだ。何か気がついているかもしれないが、何も聞いてこなかった。
「そうか……洋、よく決心したな。夕方一緒に行こうな」
「ありがとう。kai」
この旅行ももうすぐ終わりが近づいているような、そんな晴れやかな気持ちになっていた。
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今俺は再び意識不明の父が眠るICU(集中治療室)の前に立っている。
「洋……行って来い」
「you、来てくれてありがとう」
ガウン・キャップ・マスクを身に付けて、スタッフに案内されカーテンを潜り抜け、父の横に立つ。
ゴクリ……緊張のあまり喉が鳴る。
あれ以来……いや……もうずっと父のことをちゃんと見ていなかったのかもしれない。俺はいつも避けて、近づかなかった。
青白い顔で酸素マスクや点滴など、いくつもの管に繋がれて横たわる父は実年齢よりもずっと老け込んでみえた。
父は、こんなに老けていたのか。
こんなに疲れた顔をしていただろうか。
苦悩した表情のまま意識が戻らない父をまじまじと見つめる。
「あなたは……あなたなりに後悔して……そして罪に報いろうとしたのですね」
確かにそう感じるものがあった。途端にすっと躰の力が抜けて、自分から看護士に尋ねていた。
「父の躰に触れても?」
「もちろんです。手に触れて、耳元で呼びかけてください」
父の横にある椅子に座り、その手に恐る恐る触れた。
勇気を出して。
この手にされたことばかり思い恨んでいたが、この手から与えてもらったものも数多くあるのだから。
生きている……温かい。
俺は、父のことを血も通っていないような極悪人のようにずっと思い、憎んでいた。この世からいなくなればいいとさえ思っていた。そんな考えしか持てなかったことが、今は少しだけ恥ずかしい。
一度触れてしまえば、ふわっと思い出す。
再婚した当初の優しかった父の手を……六歳の時に父を亡くした俺には、実父との思い出はほとんどない。十一歳の時から俺の父はこの人だった。
俺を真ん中にして母と父と手を繋いで歩いた道。道に映った幸せそうな影。乗馬もテニスもみんな父が教えてくれた。
だが、母が亡くなってから、ちょうど思春期でもあった俺は、血もつながらない赤の他人として父を見るようになってしまった。
その頃、自分に襲い掛かる同性からのいやらしい視線。痴漢行為。強姦未遂など……嫌なことばかりが続いていて、俺自身も信じる心を失いつつあった。
そして、いつの間にか父も同類だと思い、毛嫌いするようになってしまっていたのかもしれない。
父は何故……俺を凌辱したのだろう。
父が狂ったのは、寂しさからなのか。
俺が父を嫌って、遠くにいこうとしたからなのか。
父が豹変してしまったのは、アメリカへ夏休み帰国せずに、丈と結ばれたことがばれた時だ。
俺もまた父を捨て、違う人のもとへ行ってしまうと思ったのか。母が婚約していた父を捨てたように。母が父を置いて逝ってしまったように。俺を手放したくなくて、あんなことをしてしまったのか。
可愛そうな人だ。
俺もあなたも……
そう思うと自然と涙が浮かび、父の手の甲に一滴、また一滴と落ちていった。
「俺はあなたを許せるように努力します」
そう心の底から自然に思った。
そして、父の手をぎゅっと握りしめ、そっと耳元で囁いた。
「どうか目を覚ましてください」
「覚まして欲しい」
「このまま逝かないで」
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