重なる月

志生帆 海

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第4章

時を動かす 10

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「you……少し話していいか」
「あぁ、そうだな」

 サウスフェリーで偶然会ったKentに促されてベンチに座るが、どうしてもあの学生時代の車内での不快な出来事を思い出して、少し距離を置いてしまう。

「you……お前なんで病院に来ない? 」
「えっ!どうして……それを知っている? 」

「実はさ、俺はお前のお父さんの会社に就職したんだよ。崔加さんとは実はあれからも何回も会ったんだ。お前はお父さんのこと避けていたのか。今考えたら俺を通して大学でのyouの様子を聞きたかったのかも」
「義父が……俺の様子を気にかけていた? 」
「あぁ。いつも心配していたよ。トラブルに巻き込まれていないか。お前が家で何も話さないから教えてくれって。俺がお前が一生懸命やっている様子を話すといつも目を細めていた」

 ちょっと待ってくれ。一体どういうことなんだ。

 義父が俺の様子を気にかけていたなんて知らない。それにKentが義父の会社にいるなんて。

 昨日のkaiとの会話を思い出してはっとした。もしかして……

「Kent……お前まさか父の秘書をしているのか」
「よく知ってるな。あっ昨日来ていた男はyouの連れか」
「まさかお前が秘書だなんて」
「俺はさ、崔加さんに恩があるから役に立ちたくて、自分から卒業と同時に願い出たんだ」
「はっ……」

 思わず苦笑していまった。世の中には俺が知らないことが沢山ある。俺は外側からしか見えないことを信じすぎていたのか。

「you……お父さんと何かあったのか」
「えっなんで? 」
「夏休みに崔加さんが突然帰国されてから……精神的にかなり参っていて」
「夏休み……」

 あの出来事が蘇りぞわっと震える。全身に悪寒が走り鳥肌が立った。

「夏休み、お前に会いに行っただろう? 一時帰国されて……」
「……」
「お前が夏休みに帰国するはずが急にしないことになって、がっかりしていたから。急に思い立ったんだろう。会いに行くって張り切って帰国したのに、アメリカに戻って来た時は憔悴していたんだ。思い詰めた顔でピリピリしていた」

 そうか……憔悴していたのか。父もまた……。父は父なりに俺にしたことを少しは後悔していたのだろうか。だがそれを聞いたからって俺がされたことが都合よく消えるわけではない。

「youにもう一つ謝りたいことがある」
「何?」

 これ以上一体何があるんだろう? さっきからKentは俺が知らない話ばかりしてくる。

 丈っこんなの反則だよ。助けてくれよ。この状況は一体どうして起きているのだ。もうキャパオーバーで窒息しそうだよ。

「洋、崔加さんが撃たれのは俺のせいなんだ。許してくれ」
「えっ! 今……なんて? 」
「俺をかばって撃たれてしまった」
「無差別だったよ。レストランで打ち合わせをしていたら突然の銃声。俺は社長の盾になるはずだったのに、気が付いたら撃たれたのは社長の方だった。咄嗟に身を投げ出してくれていた」
「そんな……義父がそんなことをするなんて」
「薄れいく意識の中で、必死に何かに謝っていたよ」

****

「社長!社長しっかりしてください!」
「うっ……」
「なんで俺なんかをかばったんですか!出血がひどい。待ってください。今止血します!」

 なんてことだ! 社長を護るのは秘書である俺の仕事だったのに! 何のためにボディガード兼秘書を名乗り出たんだ。俺は。

 突然の襲撃。

 無差別に狙った銃声がレストランに響くと当時に悲鳴、ガラスの割れる音、逃げ惑う足音が、店内に一気に押し寄せた。

 一番奥のテーブルで打ち合わせをしていた社長と俺は逃げる道を失った。

 覆面をした敵が俺に銃を向けた。

 俺は社長の前に立ちはだかり社長を命と引き換えに守るはずだったのに、何故か立場が逆転していた。

 2発の銃撃を浴びた。

 はっと我に返ると、躰はどこも痛まず不思議に思い、次に社長を見て慄いた!

 俺の代わりに撃たれてしまった社長の脚からどくどくと多量の血が流れていた。

 遠くから救急車のサイレンが聴こえてくる。

 必死に俺は脚にハンカチを巻き付け止血をした。そして意識がなくならないように必死に話しかけた。

「社長、しっかり! 今救急車が来ますから! 助けます!俺が!」
「……Kent……私を庇おうとしてくれたんだな。ありがとう。私は死んでもいいような人間だ。生きている価値がない…その位罪深いことをしてしまった。だからせめて誰かの役に立ってから逝きたかった。だからもういいのだよ。許してほしい。罪が消えないのは分かるが許して欲しい人がいた…」
「そんな! 諦めないでください! 社長!」

****

 そんなっ! あの義父が自らの命を引き換えに人を助けようとするなんて……義父は後悔していたのか。死にたくなる位、罪深いことをしたと。

 俺はあの事に対して、被害者であって義父の気持ちなんて考えたこともなかった。

 確かに……罪は罪で消えない。それは分かっているが、許すのも……人として時に必要なことかもしれない。

 憎んでいても、この先何も生まれない。憎しみは憎しみしか生まず、悪縁は繰り返されるのみだ。

 それは俺が一番分かっていることじゃないか。

 それに自分の身に降りかかって来た災難の理由、それは少なからず自分が招いたものでもあるのだ。

 少なくともこのタイミングで父の真意を知ってしまった以上、俺は逃げるわけにはいかない。勇気を出して父に触れて、そして父の想いをそこから汲み取らないといけない。

 そう思った。

「Kent……ありがとう。父のことをそんな風に大切に思ってくれて、ずっと付き添ってくれていたなんて、知らなかった」
「社長が謝っていた相手はyouのことだろう。お前と社長の間に何があったか分からないが、後悔だけはするな」
「あぁわかった。夕方、病院へ行くよ。父に触れてみる」
「ありがとう。俺嬉しいよ。youには酷い事ばかりして、せめて役に立ちたかったんだ。許してくれなんておこがましいことは言わない。その代わりこの先の俺の生き方を見ていて欲しい。俺の命を守ってくれた社長の手となり足となり生きて行くから」
「Kentは、なんでそこまで……」
「俺は本気でお前のこと好きだったんだよ。大学に入って一目惚れだったんだ。なのに俺、若かったんだな。振り向いてくれないのなら力づくで手に入れることしか知らなかった。でも安心しろ。もう二度とあんなことはしないから。せめて見守らせてくれ」
「なっ」

 今更そんな。でもそこまで真剣な想いを俺に抱いてくれていたのか。以前のようにお前を毛嫌いできない。何故なら俺は丈を知ってしまったから。人を本気で愛する気持ちを知ってしまったから。無下に出来ない。

「Kentと俺は縁がなかったが……俺、感謝してる。今日会えたことを」
「you……ありがとう」



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