重なる月

志生帆 海

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第4章

重なる出会い 1

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「すぐに精密検査を!」

 私が勤めている病院には懇意にしている医師が沢山いるので融通を利かせてもらい、すぐに少年に精密検査を受けさせることが出来た。

「すぐに診てもらえて助かったわ」

 赤い髪の女は安堵のため息を漏らす。

「おそらく彼の病名は※骨肉腫だと思うの…」  ※骨肉腫…骨組織に原発する悪性腫瘍。
「そうか……」
「あのやはりこの時代でも骨肉腫は予後不良の悪性腫瘍のままなの?」
「……あなたは私と船上で会った時、何歳だったのですか」
「私はあの時、31歳だったの。今も31歳の記憶よ」
「私は11歳でした。そして今は29歳ですから…」
「ということは……あなたと会ったのは20年前になるの? 私はあなたを海外の船で治療してから日本へ戻り、それからすぐにあの不思議な王国へタイムスリップしたってことなのね。まさかあの時助けた少年がこんなに立派な医師になって、私を助けてくれるとは思いもしなかったわ」
「そうですね。私はあなたの治療に感激して、医師を目指したのです」
「そう……すべての出会いは『必然』って、このことを言うのかも」

 赤い髪の女は少し驚いた表情になった。

「あなたの名前は?」
「須藤 由(スドウ ユイ)よ」
「では由さん……話が逸れましたが、骨肉腫は今は手術前後に化学療法を施行することで五年生存率が高くなりました。だからこの少年も助かる可能性が高いと思います」
「そうなのね。すべてあなたにお任せするわ。あっ……あなたの名前もジョウでいいの?」
「ええ、私は張矢 丈です」
「やっぱり……私は不思議な体験をしたわ。そしてそれはまだ継続中ってことなのね。この少年の病気を治せたら、私は元の世界に戻りたいわ。それまでは私もここで必死に生きて行くから、助けてくれる?」

 意思の強そうな真っすぐな目で見つめられると改めて強く思う。この人を必ず元の場所に帰らせてやりたい。

「もちろんです。もう一度詳しい経緯を話してください」
「私があの不思議な王宮にタイムスリップしたのは雷雨のあと、空に逆さ虹がかかった時だった。急に降り出した雨に困って……大きな仏像の足元で雨宿りしていたはずなのに、いつの間にか時代も国も違う場所に立っていたのよ。それはもう驚いたわ」

 やはり逆さ虹と仏像だったのか。
 ヨウ将軍の読みは当たっていた。

「その後、役所みたいな所に連れて行かれ、そこにあなたにそっくりの医官のジョウさんが迎えに来てくれて王宮に連れて行かれたの。そして病気の少年王を診察したのよ。大腿部の腫瘍が増大し周辺の臓器、神経を圧迫するほどに進行していて激痛を伴って、危うい状態だった」
「それでどうして此処へ?」
「それは……ヨウさんの願いよ。すべては彼の想いのままに辿り着いたの」
「ヨウ将軍の?」
「近衛隊長をしていたヨウ将軍の想いを受けてここに来たの。王様を治療して戻して欲しいと……キチによって瀕死の状態に追い込まれた彼を助けようと、ジョウさんが身を犠牲にしたの。その結果ジョウさんは息を止めてしまったから、ヨウさんの慟哭によって激しい時を狂わすほどの雷光が起きて、私はここに辿り着いた」
「そうだったのか」

 やはりそうなのか。私は過去にヨウの目の前で息を引き取ったのか。

 案じていた通りだ。
 そんな気がしていた。
 私を失ったヨウの悲しみは計り知れない。

 ヨウを置いて逝ったジョウの無念な心も計り知れない。

 それでも助けたかった命。
 守りたかった命があったのだな。

 何度も何度も生まれ変わって……
 今やっと洋と共に私はいるのかもしれない。

 トントン……

 その時部屋をノックする音が響き、助手がカルテを持って入って来た。

「張矢先生、いいですか。結果が出ました」
「あぁどうだった? 」
「今すぐ化学療法に入りましょう! まだ間に合います! 全力でこの少年を救いましょう! 」
「本当に? あっ化学療法って肢切断術をしなくてもいいの? 」

 赤い髪の女が訝し気に聴いてくる。

「あぁ現在は骨肉腫の標準治療法は新補助化学療法(術前化学療法、手術、術後化学療法の組み合わせ)と患肢温存手術になっているから、まずはそこから試して行こう。彼は一国の王様なんだろう? きっと強い生命力を持っている。そう信じよう」
「そうね、出来たら脚は残してあげたい」
「では張矢先生、少年をこちらに連れてきますね」
「あぁ、そうしてくれ」

 それからすぐに、ベッドに寝かされたまま少年が運ばれてきた。うっすらと目をあけ、手を空に彷徨わせている。

 まだ小さい楓のような手の平。本当にこれが一国の王なのかと思うほど、か弱そうな少年だった。

「ヨウ……ヨウ何処にいるの? 怖い……」

 か細い少年の不安げな声が胸を締め付ける。


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