重なる月

志生帆 海

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第4章

邂逅 8

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 それから何日か過ぎたある日のことだ。朝起きて窓の外を見ると、何となく空がざわついて見えた。その空を見た途端、俺は確信したかのように呟いた。

「丈っ……今日かもしれない」
「いよいよ来るのか」
「あぁそんな気がする」
「そうか……いつ頃だ?」
「それは分からない、もう一度あの寺院の場所を確認させてくれないか」
「……これだ」

 安志の家で解読してもらった地図をもう一度確認する。願恩寺という寺院にある大仏像だ。雷がなり、やがてそれが止み空に逆さ虹が現れたら、それが合図だ。

※「重なる月」邂逅4参照

「ありがとう! 取り敢えず語学学校に行ってくるよ」
「あぁ何かあったらすぐに連絡しろ。私も駆けつける。今日は在宅勤務だから家に連絡しろ」
「分かった。必ず連絡する」

 丈に見送られ外に出ると、空の雲はますます黒く重苦しくなっていた。一雨来そうだ。

 変だ。なんとなく朝から胸騒ぎがして落ち着かない。そわそわとして地に足がついていないような感じだ。丘の上の一軒家から駅に出るために、バスを待っている間も気がそぞろだ。

「洋……洋先生? おーい?」

 目の前でkaiに手を振られてはっとする。

「kaiどうしてここに? 」
「なんでって酷いな。今日はレッスンの日だろ。ホテルで会えなくなって寂しいから、迎えにきたよ。ほら、あっちに車停めているから来て」
「えっ……いいのか」
「当たり前だよ。さぁどうぞ!お姫様」
「kai!」

 相変わらずの調子のkaiに、どこかほっとする。
 良かった。もうすぐ訪れるその時に彼がいてくれるのは心強い。

 しばらく車を走らせていると、ポツポツっとフロントガラスに水滴がついた。

「降ってくるな」
「あぁ」

 それから遠くで雷が轟きだし雨脚は一気に強まってくる。短い時間であっという間に半端じゃない豪雨になった。ワイパーは追いつかず視界も悪い。

「くそっハンドルが取られるな。ちょっと雨宿りしていいか」

 確かにフロントガラス越しの視界は霞んでいて、このまま運転するのは危ない。

「そうしよう」
「洋、この雨ってもしかして、前触れか」
「kaiもそう思うのか」
「朝起きてからなんだか胸騒ぎがして。だから洋を迎えに来たんだ」
「そうだったのか。雨が止んで逆さ虹が出たら合図だ! その時は例の寺院へ俺を連れて行ってくれ」
「了解!」

 車が路肩に停止すると、雨音が凄かった。どんどん強まる雨音に耳を澄ませば、彼方から微かな声が聞こえてくる。

 嗚咽のような噛み殺したような苦痛を堪えた男の泣き声。

 この声は……遠い昔の君、ヨウが泣いているのか。
 こんなに悲しみ色に染まった君を感じたことがない。

 深い嘆き……喪失感……強く強く俺の心臓に伝わってくるよ。

「うっ……」

 あまりに強い悲しみを月輪を通じて受け止め、思わず声が出てしまった。

「洋……大丈夫か。酷い顔だ。苦しそうだ」
「あっ……あぁ、ヨウが泣いている……少し眠りたい」

 ヨウの涙のような雨が俺を包み込み、視界が遮られた車ごと異空間へ飛んでいきそうな……そんな錯覚に陥って、ひどく躰がだるい。

「洋……おいっ大丈夫なのか」
「うん……少しだけ……眠る。あとで必ず起こしてくれ」

****

 心配そうにkaiが見つめているのが、すでに遙か下方に見える。俺の心は俺の躰を離れ一体何処へ行くのだろう。

 ここは水の中。浮いているような沈んでいるような。でも息は出来る。

(逝きたくない……)

 誰かの声が聴こえてくる。
 逝きたくないって……一体何が起きているんだ?

 そうか……ここはあの湖なのか。

 この水色に見覚えがある。さっきから湖底から助けを求める悲痛な想いが届くよ。

 誰だ?
 俺を呼ぶのは?
 これはヨウ将軍ではない。
 では一体誰だろう。

 俺の心は夢の中で、夢中で湖底へ潜っていった。
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