重なる月

志生帆 海

文字の大きさ
上 下
186 / 1,657
第4章

邂逅 7

しおりを挟む
 口づけを交わした二人の奥には、深い森が広がっていた。

「洋……ここは都心に近いのに、自然豊かだな」
「そうだな」

 さらにその深い森の暗闇を抜けると視界が大きく開け、その先に見えたものに、二人して声をあげてしまった。

 「あっ!」

 そこには朝日を浴びて煌めいている小さな湖があった。周りの木々を映した澄んだ深い青色をした美しい湖だ。

「こんなところに湖があるなんて!」
「驚いたな、全然知らなかったよ」
「水が澄んでいて綺麗だ。洋、少し周りを歩いてみようか」
「あぁ」

 細く長い湖畔の道が続いていた。

「洋、そんなに端を歩くと危ないからこちら側を歩け」

 洋を道の内側に来させた。なんだか急に不安になってくる。湖畔沿いの道を洋が歩くのを見ていられない。ちらりと洋の表情をみると洋も少し余裕がなく青ざめている

「どうした?洋?」
「いや……なんでもない」
「なんでもないって顔じゃないぞ」
「実は……俺、本当はあんまり湖って好きじゃない。中学の時、修学旅行で京都に行ったんだよ。丈も行った?」
「あぁ、定番だからな」
「じゃあ……京都の離湖(はなれこ)って知っているか」


※離湖
京丹後市網野町にある淡水湖で京都府最大の湖。 湖の南西に半島のように突き出す離山の西側が離湖公園として整備され、展望台から湖周辺の様子が一望できるほか、散策路は桜の名所として有名で桜まつりも開催。 フィールドアスレチックや釣りも楽しめるほか離山古墳と離湖古墳では縄文期の遺跡も出土する。注意…実際には京都から電車で2時間以上の場所ですが、この物語では京都御所から牛車で60分ほどの距離の設定です。
 
「そんなところに行ったのか」
「うん、1日郊外学習の日があって、遠出して……その時のこと思い出してしまった」
「何かあったのか?」
「あの日もこうやって同級生と一緒に湖畔の道を散策していたんだ。そうしたら急にまるで溺れたかのように息が苦しくなって……水に落ちたわけでもないのに、どんな吸っても空気が入ってこなくて、あれって過呼吸だったのかな?自分も周りのみんなも驚いていたよ。なんだったのだろう?過去のトラウマみたいな感じで……」

「そうか」
「不思議だろう……俺、溺れた経験なんてないのに」
「洋が溺れる……」

 そう復唱してみると、胸の奥がつぶされるように痛んだ。尖ったナイフで刺されたように痛い。一体この記憶は……この国の昔の医官だった私ではない。違う何かの記憶が混ざってくる。

「離湖って名前自体が不吉だ。もう忘れろ!」

「えっ……丈? そんなに心配するなよ。俺は溺れたりしない。泳ぎなら得意なの知ってるだろう?小さい頃から泳ぎだけは絶対身に付けておかねばって思っていたんだよ。それからもうずっと君の横にいるって決めたのだから、絶対にいなくならないよ。喪失感って辛いからな……」

 洋が湖の彼方を見つめながら、頬を紅潮させながら呟いた。

「ずっと考えていたことだ。怖くて口に出せなかったことだ。話してもいいか」
「あぁ」

「過去の俺は、きっとジョウを失ったんだろう。会いたくて会いたくて……でももう自分が生きている世の中にジョウがいないっていう苦しみ。もがいてもがいても、どうしようもない喪失感。心にぽっかり穴が開いてしまったような感じなのだろうな。今俺の横には丈がいてくれるけど、次の瞬間丈が消えてしまったらと思うと怖くなるよ」

「そうなのかもしれない。だから願ったのだろう。もうすぐやってくる病気の王様を治療してまた元の世界に戻してやったら、ヨウとジョウの世界が変わるのかもしれない」

「そう願ってる。たとえそれがパラレルな世界を生むとしても……それでも叶えてやりたいな。丈、俺さ日本で一度お前と別れようとしたよな。あの時一人で安志の家に戻った時の喪失感はひどかった。もう君なしでは生きていけないと思っていた人との別れって……想像を絶するものだった」

 思い出したくない日本での出来事に自分から触れた洋の顔は、少し青ざめている。

 おそらく連鎖反応であの義父のことを思い出してしまったのだろう。洋は細い喉に手をあてて黙りこくってしまった。もしかしてあの日の……絞められた首の痛みまで思い出してしまったのか。

 そっとその手に温もりを与え、抱き寄せて耳もとで囁いてやる。

「洋……もう思いださなくていい。今、私たちは一緒にいる。それが大事だ」



****

本日更新分は、別途掲載している『月夜の湖』月夜に沈む想いとリンクしたお話しになります。一緒に読んで頂けると、お話しに深みが増すかと思います。
しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

【完結】『ルカ』

瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。 倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。 クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。 そんなある日、クロを知る青年が現れ……? 貴族の青年×記憶喪失の青年です。 ※自サイトでも掲載しています。 2021年6月28日 本編完結

処理中です...