重なる月

志生帆 海

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第4章

邂逅 1

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「洋? 何をぼんやりして……」
「あっごめん。何処からだ? 」

 kaiから声を掛けられてはっとした。まずいな、今は授業中じゃないか。あーもう、どう考えても寝不足だ。テキストを指さしながら集中しようと思うのに、今度はじっとkaiが俺のことを見つめてくるので不審に思った。

「……何かついてる?」
「んっ……あのさ、これってキスマークなのか」

 そう呟きながら伸ばされたkaiの長い指が、俺の首筋に触れてくるので焦った。慌てて一歩退き、首元を手の平で覆う。

「なっ!蚊に刺されたんだ。なんでもないっ」

 恥ずかしいっ……丈の奴! あれだけ見えるところに付けるなって言っているのに、またっ!

「へぇ……こんな季節に蚊? 」
「どっどうでもいいだろう! 」
 
 目を細めニヤニヤしてくるkaiも憎たらしい。どうして俺はいつもこう揶揄われやすいのか。これというのも、朝から丈が俺を抱いて離さないのがいけないんだ。

 来週にはあの小高い丘の家に引っ越せるから、寝室は絶対に別にしよう。
 俺の躰がもたないし、勉学に差し障る!

 ぷんぷんと怒っていると、kaiがくすっと笑っている。

「洋って本当に可愛いな。見飽きないよ。それじゃ明日の十時に我が家でな。まぁ丈さんと仲良く来てくれよ。そうだ、くれぐれもやり過ぎて寝坊するなよ! 」
「なっ! 」

 はぁ……kaiにはすべてお見通しか。kaiがすべてに寛容なのは助かるが、あからさまにそのようなことを言われるのは恥ずかしくて堪らない。

 それにしてもいよいよ明日だ。丈と共にkaiの家を訪問することにより、何が分かるのか……受け止める覚悟なら出来ている。

 俺達はいろんなことを乗り越え捨てて、今この国に来ているのだから。

 これ以上、怖いものなどない。


****

「この道でいいのか」
「あぁたぶんな……」

 俺達が宿泊しているホテルから地下鉄を乗り継いで数駅。スマホのナビを頼りにkaiの家に丈と二人で向かった。やっとたどり着いたkaiの家は、家というには立派過ぎる佇まいだった。まるで時代劇に出てくる武家屋敷のような趣で、広大な敷地の中庭には美しい枝ぶりの木々が植えられ、秋の深まりを感じさせていた。

 その庭に面して歴史を感じさせる悠然とした構えの屋敷と蔵が建っていた。

 何よりこの庭に立った途端、また俺の記憶がざわつきだし、ぐらっと目の前の地面が揺れているように感じた。

 あ……俺はこの家を知っている。

 吹き抜けていく風と共に沸き立つ強烈なデジャブ感に、躰ごとを持っていかれそうになる。丈も何かを感じているのか、無言で家を見つめ続けていた。

「ここはずいぶん立派な家だな」
「丈……俺、ここを知ってる」
「私も知っているような気がするよ」

「ようこそ、洋と丈さん」

 呆然と立ち尽くす俺達の横に、いつの間にかkaiが来ていた。

「あっkai……ここはヨウ将軍の生家だと言ったな?」
「そうだよ、何か感じる?」
「……凄く感じる」

 目を閉じれば、まるで俺が体験したかのように浮かぶ情景。

 遠い遠い記憶の彼方
 俺(ヨウ)はこの家の前で、こうやって丈(ジョウ)と共に立っていたのではなかろうか。

「俺の部屋……」

 そうだ。この屋敷の中にあるはずの俺(ヨウ)の部屋。そこで、ジョウとヨウの間に何かが一つ大きく弾け、二人は一つになったのだ。

「重なる月……」

 ふとそんな言葉が口から自然に零れ落ちた。


****

いよいよ『悲しい月』や『月夜の湖』とのリンクが濃厚になってきました!
※「悲しい月」春の虹 ~俺の部屋・俺の自由~
※「悲しい月」春の虹 ~重なる月・2~
を読んでいただけると、お話がスムーズ化と思います。
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