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第4章
リスタート 8
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ドアを開けると若い青年が俯いて静かに本を読んでいた。その静寂を邪魔するのが躊躇われる端正な横顔の青年だった。韓国の男性って誠実な感じがして素敵だ。
「あの……はじめまして。あなたに日本語の講師をする崔加ですが」
「あっすいません。気が付かなくて」
ところが顔をあげた青年の顔を見て、ギョッとした。
かっ彼はあの青年だ!……ホテルのルームサービス係だ。
背が高くホテルマンらしい清潔感のある整った顔立ちで、黒くさらりとした髪が印象的だった。しかし俺の動揺を余所に、青年は見知らぬ顔で微笑んでいる。
「あっ俺の日本語の先生ですよね? はじめまして! kaiと言います。よろしくお願いします」
気が付かなかった? あの日俺は確かに顔を合わせたのに、それに名刺も受け取って……それともホテルマンの仕事柄、客のプライベートを黙視してくれているのだろうか。
「先生? どうかしましたか」
「あっいやなんでもない。あの……君は日本語はかなり流暢のようだね」
「いや、まだまだです。まだ難しい会話が出来ないもので……仕事先から学んで来いと言われて」
仕事先というのは、あのホテルのことなのだろう。しかし向こうが素知らぬ振りをしてくれるのなら、こちらもそう対応しよう。そう思うと、先程までの動揺も吹っ切れた。
「そうなのか。君の日本語は綺麗だから教えることなんてないかもしれないけれども、俺で良かったら役に立てるといいな。簡単な日本語の会話は出来そうだから、ここでは日本語オンリーで行くよ? 」
「ふふっ」
途端に人懐っこくkaiが微笑んだ。
「何? 」
「なんか……先生にしては美人過ぎますね!」
「なっ」
「いや深い意味はないですよ。正直どんな先生が来るのかなって俺も一応ドキドキしていたので。まさかこんなに美人な先生だとは思わなくて」
「美人って? 男になんてこと言うんだよ」
そのセリフは昔から聴きなれたものだったが、まさか異国でも同じパターンで言われるとは。でもkaiの口から漏れる「美人」というセリフには変ないやらしさは感じず、親しみを感じたのは何故だろうか。そう油断していたが、次の言葉を聞いてやっぱり少し後悔した。
「先生、俺のこと信頼してください。昨夜のことは誰にも言いませんから」
「えっ? 」
やっぱり気が付いていた? 緊張と焦りでどぎまぎしていると耳元で囁かれた。途端に昨日の夜のことも思い出して真っ赤になってしまう。
「先生? なんで赤くなっているの? くくっ」
悪い奴じゃなさそうだが、完全に遊ばれてる。
「さぁもう授業にしよう」
「これから楽しみだな」
「kaiくんっ遊びに来ているんじゃないんだろ? ここには」
「ええ!もちろんです」
はぁ……大丈夫だろうか。前途多難すぎて、ため息をついてしまった。
それでも授業を始めた途端、kaiはプロの顔になった。その後は私語も一切なく質問も的を射て、日本語を学ぼうと貪欲なまでの意欲を感じた。
「今日はここまでにしよう」
「あっもう二時間経ってしまったのか、早いな」
「kaiくんは凄いね。集中力が半端ない」
「それはこんな美人な先生に教えてもらうのだから、張り切りますよ」
途端にまた人懐っこい笑顔に戻っていく。
「先生はこの後、何をするの?」
「あっ……今度は上の階で、この国の言葉を習うんだよ」
「そっか、俺でよかったらサポートしますからね、いつでもあの名刺で呼び出してください」
「なっ」
わざわざホテルであったことを思い出させるようなことをいうので、手元が震えてしまう。
「先生震えてる? 本当に美人な上に凄く可愛いよな」
「美人とか可愛いって何度も言うな。これでももう二十二歳だ」
「えっ!驚いたな。もっと下かと思っていたのに」
「……もう終わりだから行くよ」
屈託もなく笑っているkaiを後に部屋を出た。階段を下りながら動揺が隠せない。kaiには俺が丈とあの部屋に二人で宿泊して何をしているかも、きっと御見通しだろう。
ホテルマンとして、そこに突っ込んでは来ないけれども……正直遊ばれてい、揶揄われているような、微妙な感じだな。
それでも変にいやらしい感じはしなかったから…それは良かった。
この先kaiとのプライベートレッスン、何もないように祈るのみだ。
****
いろんなことが一気にスタートした俺の新生活。
何が起ころうとしっかりと受け止めて、とにかく進むのみだ。
もうすぐ何か大きな事が起こりそうな予感がしているから、立ち止まっている場合ではない。胸元に揺れる月輪のネックレスは、この国にやってきてから確実に輝きを増している。
「さぁ帰ろう! 」
丈が待つ場所へ今日も戻れることの幸せを噛みしめながら、帰路につく。
『リスタート』 了
「あの……はじめまして。あなたに日本語の講師をする崔加ですが」
「あっすいません。気が付かなくて」
ところが顔をあげた青年の顔を見て、ギョッとした。
かっ彼はあの青年だ!……ホテルのルームサービス係だ。
背が高くホテルマンらしい清潔感のある整った顔立ちで、黒くさらりとした髪が印象的だった。しかし俺の動揺を余所に、青年は見知らぬ顔で微笑んでいる。
「あっ俺の日本語の先生ですよね? はじめまして! kaiと言います。よろしくお願いします」
気が付かなかった? あの日俺は確かに顔を合わせたのに、それに名刺も受け取って……それともホテルマンの仕事柄、客のプライベートを黙視してくれているのだろうか。
「先生? どうかしましたか」
「あっいやなんでもない。あの……君は日本語はかなり流暢のようだね」
「いや、まだまだです。まだ難しい会話が出来ないもので……仕事先から学んで来いと言われて」
仕事先というのは、あのホテルのことなのだろう。しかし向こうが素知らぬ振りをしてくれるのなら、こちらもそう対応しよう。そう思うと、先程までの動揺も吹っ切れた。
「そうなのか。君の日本語は綺麗だから教えることなんてないかもしれないけれども、俺で良かったら役に立てるといいな。簡単な日本語の会話は出来そうだから、ここでは日本語オンリーで行くよ? 」
「ふふっ」
途端に人懐っこくkaiが微笑んだ。
「何? 」
「なんか……先生にしては美人過ぎますね!」
「なっ」
「いや深い意味はないですよ。正直どんな先生が来るのかなって俺も一応ドキドキしていたので。まさかこんなに美人な先生だとは思わなくて」
「美人って? 男になんてこと言うんだよ」
そのセリフは昔から聴きなれたものだったが、まさか異国でも同じパターンで言われるとは。でもkaiの口から漏れる「美人」というセリフには変ないやらしさは感じず、親しみを感じたのは何故だろうか。そう油断していたが、次の言葉を聞いてやっぱり少し後悔した。
「先生、俺のこと信頼してください。昨夜のことは誰にも言いませんから」
「えっ? 」
やっぱり気が付いていた? 緊張と焦りでどぎまぎしていると耳元で囁かれた。途端に昨日の夜のことも思い出して真っ赤になってしまう。
「先生? なんで赤くなっているの? くくっ」
悪い奴じゃなさそうだが、完全に遊ばれてる。
「さぁもう授業にしよう」
「これから楽しみだな」
「kaiくんっ遊びに来ているんじゃないんだろ? ここには」
「ええ!もちろんです」
はぁ……大丈夫だろうか。前途多難すぎて、ため息をついてしまった。
それでも授業を始めた途端、kaiはプロの顔になった。その後は私語も一切なく質問も的を射て、日本語を学ぼうと貪欲なまでの意欲を感じた。
「今日はここまでにしよう」
「あっもう二時間経ってしまったのか、早いな」
「kaiくんは凄いね。集中力が半端ない」
「それはこんな美人な先生に教えてもらうのだから、張り切りますよ」
途端にまた人懐っこい笑顔に戻っていく。
「先生はこの後、何をするの?」
「あっ……今度は上の階で、この国の言葉を習うんだよ」
「そっか、俺でよかったらサポートしますからね、いつでもあの名刺で呼び出してください」
「なっ」
わざわざホテルであったことを思い出させるようなことをいうので、手元が震えてしまう。
「先生震えてる? 本当に美人な上に凄く可愛いよな」
「美人とか可愛いって何度も言うな。これでももう二十二歳だ」
「えっ!驚いたな。もっと下かと思っていたのに」
「……もう終わりだから行くよ」
屈託もなく笑っているkaiを後に部屋を出た。階段を下りながら動揺が隠せない。kaiには俺が丈とあの部屋に二人で宿泊して何をしているかも、きっと御見通しだろう。
ホテルマンとして、そこに突っ込んでは来ないけれども……正直遊ばれてい、揶揄われているような、微妙な感じだな。
それでも変にいやらしい感じはしなかったから…それは良かった。
この先kaiとのプライベートレッスン、何もないように祈るのみだ。
****
いろんなことが一気にスタートした俺の新生活。
何が起ころうとしっかりと受け止めて、とにかく進むのみだ。
もうすぐ何か大きな事が起こりそうな予感がしているから、立ち止まっている場合ではない。胸元に揺れる月輪のネックレスは、この国にやってきてから確実に輝きを増している。
「さぁ帰ろう! 」
丈が待つ場所へ今日も戻れることの幸せを噛みしめながら、帰路につく。
『リスタート』 了
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