重なる月

志生帆 海

文字の大きさ
上 下
157 / 1,657
第4章

リスタート 2

しおりを挟む
「よくもまぁこんなに……子供じゃあるまいし」

 

 届けられたルームサービスを見て、思わず苦笑してしまった。オムレツにハンバーグ・パンにフルーツの盛り合わせが色鮮やかに並んでいる。

「朝からこんなに俺に食べろと?」

 だが同時に、丈には本当に沢山の心配をかけたと心が痛んでしまった。あの温泉宿から帰宅してすぐ父に連れ去られ、ホテルで無理矢理、抱かれてしまった。躰だけでなく、考える心、生きようとする心、自由……いろいろなものを一気に奪われた。そのショックでほぼ1週間ろくに食べられない生活をしてしまった。その後も監視される日々で、生きた心地がしなかった。

 結局安志に助けられるあの瞬間まで、俺は自分が陥った境遇から逃れたくて、死を選んでしまうかもというほどに精神が不安定になり、後ろ向きだった。もしもあの時安志に助けられなかったら、安志が協力してくれなかったら、今の俺はない。それだけは強く分かっている。

 安志は命の恩人だ。俺が今こうして丈と共にいられるのは、安志の尽力のお陰だ。

 安志は今どうしているだろうか。あの日、情愛を分かち合った最後の口づけを思い出す。

 何処までもお人好しで優しい幼馴染だ。

 安志とは離れていても連絡がとれなくても、これからも俺の一番大事な友だ。

 だから安志の幸せを願わずにいられない。

 俺がもしもこの世にもう一人いたら、安志のことを好きになっていたのではなどと、どうしようもないことまで考えてしまった。

 全く俺は馬鹿だ。こんな考えは、誰も報われないのに、偽善者だ。

 遅い朝食を更にゆっくりと時間をかけて、客室の窓辺の椅子に腰かけて食べ続けた。

 今は外の世界がとても眩しく感じる。俺も今日から普通に生きても良いのだろうか。

 食事を取りながら、あれこれと想いを巡らせ耽っているとドアが開いて、丈が戻って来た。

 手には紙袋や書類を抱えていたので忙しい1日だったことが窺えた。丈の姿を見た途端、心に火が灯るように温かい気持ちになれた。俺は本当に丈が好きだ。

「丈、お帰り」

「ただいま洋、大人しくしていたか」

「お前っやめろよ。その言い方。俺は籠の中の鳥じゃない」

「ふっ知ってるよ。今日だけだ。今日だけは私の中に閉じ込めておいてもいいだろう」

「馬鹿」

「明日から忙しくなるぞ。これ洋の学校のパンフレットだよ」

「えっ、俺こんなに学費払えないよ。そんなに生活費を持ってこれなかった」

「大丈夫だ。この学校は面白くてな。洋が日本語を教える代わりに、この国の言葉を教えてもらえるのだ」

「へぇそんなシステムなのか」

「あぁだから学費はほぼかからないので安心しろ。洋は英語も達者だし喜ばれるよ」

「丈……ありがとう。助かるよ」

「これも全部安志くんと相談したことだ」

「安志と……」

「今回のことでは本当に世話になったな」

「あぁ本当にそうだな」

「機会を作ってまた会おう」

「そうだね」

「午後は洋の洋服を揃えに行こう。それから俺達の家も決めないとな」

 頼もしい丈。

 今はお前に頼ってばかりだが、俺も丈に負けないように、早く独り立ちしたい。

 明日から何かが変わるのか……変われるのか。こんな俺でも──

しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

忘れ物

うりぼう
BL
記憶喪失もの 事故で記憶を失った真樹。 恋人である律は一番傍にいながらも自分が恋人だと言い出せない。 そんな中、真樹が昔から好きだった女性と付き合い始め…… というお話です。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

帰宅

pAp1Ko
BL
遊んでばかりいた養子の長男と実子の双子の次男たち。 双子を庇い、拐われた長男のその後のおはなし。 書きたいところだけ書いた。作者が読みたいだけです。

仕事ができる子は騎乗位も上手い

冲令子
BL
うっかりマッチングしてしまった会社の先輩後輩が、付き合うまでの話です。 後輩×先輩。

悩める文官のひとりごと

きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。 そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。 エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。 ムーンライト様にも掲載しております。 

愛などもう求めない

白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。 「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」 「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」 目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。 本当に自分を愛してくれる人と生きたい。 ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。  ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。 最後まで読んでいただけると嬉しいです。

花いちもんめ

月夜野レオン
BL
樹は小さい頃から涼が好きだった。でも涼は、花いちもんめでは真っ先に指名される人気者で、自分は最後まで指名されない不人気者。 ある事件から対人恐怖症になってしまい、遠くから涼をそっと見つめるだけの日々。 大学生になりバイトを始めたカフェで夏樹はアルファの男にしつこく付きまとわれる。 涼がアメリカに婚約者と渡ると聞き、絶望しているところに男が大学にまで押しかけてくる。 「孕めないオメガでいいですか?」に続く、オメガバース第二弾です。

処理中です...