重なる月

志生帆 海

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第4章

リスタート 1

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「洋起きろ」
「んっ……まだ眠いし…腰……痛い」
「ふっ、洋は何も変わらないな。相変わらず寝起きが悪いままだな」
「そんなことない!丈がひどくするからだ」

 布団をすっぽりとかぶった洋が、可愛らしく文句を言う。こんな日常がまた舞い戻って来た。そう思うと年甲斐もなくウキウキとした気持ちになるものだ。私は和やかな気持ちで、あのテラスハウスでの平和な日々を想い出していた。

「洋、私は今日は新しい職場に挨拶に行かなくてはいけないから、君一人をこのホテルの部屋に残していくことになるが……この部屋から出ないで待っていて欲しい。昼には戻るから」
「ふふっ、俺はどこにも行かないよ」
「あぁまだ一人で出歩くなよ。心配だから。落ち着いたら二人で部屋を借りよう。それまでは此処で辛抱してくれ」
「そうだな」
「朝食はルームサービスを頼んでおいたから、ゆっくり食べて栄養つけろよ」
「ありがとう」
「洋、また痩せてしまったから、しっかり太らせないとな」
「なっ」

 真っ赤に顔を染めた、洋がベッドから身を起こして睨んでくる。

 そのキッとした眼は、私から見ればただの色っぽい表情で煽っているとしか見えないのだが……やれやれ、早くこの部屋から出ないと朝から我慢できなくなる。


****

 丈が出勤してしまい、ホテルの部屋にひとりきりになった。昨夜のあのマンションから此処に辿り着くまでの壮絶な出来事を反芻すると、どっと躰に疲れが出てしまった。それに、久しぶりの丈との深い行為の余韻で気怠く、腰が重い。もう少しベッドで横になっていようと思った時、トントンとノックの音がした。

誰だろう?

「This is a room service.」(お客様、ルームサービスでございます)
「あっ……」

 そうだ!丈がルームサービスを頼んだって言ってくれていたんだった。わっまずい、まだこんな格好だった。慌てて肌蹴たバスローブを整え、そっとドアをあける。

「……Please come in.」(ど、どうぞ……)

 見上げる程背が高く若くハンサムな青年が立っていて、何故だか焦ってしまった。相手も目のやり場に困っているようだ。俺の胸元……わっはだけすぎているよな。慌ててバスローブの胸元を押さえた。

「あの……日本の方ですか?」
「あっはい」
「お休み中に大変申し訳ございませんでした。お届けのお時間を指定されていましたので、中にセッティングしてよろしいでしょうか?」
「あ……どうぞ」

 なかなか流暢な日本語だ。自分の無防備な姿が妙に恥ずかしくなり、洗面所へと逃げ込んで、慌てて洋服に着替える。俺の慌てた様子をホテルマンはちらりと見て微笑んだような気がした。こんなことじゃ駄目だ。本当に俺は駄目だな。なんとか昨日の洋服を着て何食わぬ顔で部屋に戻ると、ホテルマンの青年が微笑んでいた。

「お客様こちらにご用意いたしました。こちらにサインを…」
「はっはい」
「ではごゆっくりお過ごしください。何かございましたら日本語で応対できます私をお呼びください」

 そう言ってホテルの名刺を渡された。そこには「kai」と書かれていた。この国の人だろうか。

 ドアが閉まるとほっとした。ふぅ…もう少し気を付けて過ごさないと。丈といると気が緩んでいる自分に気が付き、しっかり気を引き締めていかないとと反省した。それにしても、あのホテルマン日本語上手だったな。改めてここがもう日本ではないことを実感した。

 昨夜洗面所に脱ぎ捨てた服を着たのはいいのだが、それ一着しかないので、シャツもズボンもしわが目立つな。俺は本当に着の身着のままで、この国へ来てしまったんだ。結局持って来ることが出来たのは、パスポートと財布の入ったショルダーだけだった。それと月輪のネックレス…これを持って来ることが出来てよかった。スーツケースに数日分の着替えや大事なものを準備していたのに無駄になったな。

 それにしても退屈だ。丈は外に出るなと言っていたが、これじゃ籠の中の鳥みたいだ。急に自分の境遇がふがいなく感じ、閉め切ったカーテンをぱっと開けてみると、途端に明るい日差しが一気に部屋に射し込んで来た。

「わっ眩しい」

 視界に飛び込んできたのは、異国の街並みだ。空港の近くだと思ったのに意外と町中なんだな。ちょうど交差点が近くにあり、車やバイクが行き交い、その両側には沢山の店が並んでいる。大勢の人が信号待ちをして、信号が変わった途端バラバラに散らばっていく。

 みんなどこから来て、どこへ行くのだろうか。きらきらと活気のある景色に、次第に自分の心も明るくなっていく。

 昨夜、丈は俺が気を失うほど激しく求めてくれた。恥ずかしい話だが……丈のもので埋め尽くされ、やっとあの忌々しい出来事から抜け出れた気がした。浄化されたように、明るいエネルギーで今俺は満ちている。

 ふと胸元を見下ろせば、月輪のネックレスが揺れていた。あの日欠けた部分を指でなぞれば、指に力が宿っていく。  

 これからこの国で何が起きるかは、まだ分からない。
 もしかしたら、これからが始まりなのかもしれない。
 昨日誓ったように、俺も人生をリスタートするんだ。

 ──ここから。今から──

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