重なる月

志生帆 海

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第3章

※安志編※ 面影 13

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「キスしたくなる程……好き」

 そう甘く囁く涼の口元を、俺はまじまじと見つめてしまった。

 嘘だろう? 若い涼が俺のことを好きだなんて。

 洋からは「幼馴染として好き」という言葉なら受け取ったが、「キスしたくなるほど好き」なんて言われたのは、自慢じゃないが人生初だ!

 でもそれって男同士でもいいってことなのか。真意を確かめたくて、でも勇気がなくて……俺は芝生に投げ出していた躰をぱっと起こし、涼の肩を掴んだ。

「涼っ、今自分で何を言ったのか、ちゃんと分かっているのか」

 涼は自分が言ったことに今更ながら恥ずかしくなってきたのか、首筋まで赤く染めて、それでいて逃げるような素振りはせずに、コクッと小さく頷いた。

「涼……俺は男だぞ? 」
「うん」
「同性愛って意味分かるよな。男同士で好きって言ったのか。そういう意味なのか」
「安志さん、それ以上言わないでよ。恥ずかしくなる。僕だって子供じゃないから自分が言ったことの意味位、知っているよ」
「だが……」
「安志さんは……その……男同士は無理? 」
「そんなっ!涼はそんな経験がもうあるのか。意外だな」

 あまりに唐突な告白が信じられなくて、なんともデリカシーのないことをつい言ってしまった。
 
 パチっ──

 次の瞬間、頬を叩かれる音がした。涼の眼は怒りで震えていた。

「安志さんひどい! そんなのあるわけないじゃんか! 護身術まで習って避けてきたのに……ひどい……もういいよ。聞かなかったことにして!」

 涼はすっと立ち上がり一気に駆け出してしまったので、俺は慌てて追いかけた。
 
「涼! 待てっ」

 凄いスピードでセントラルパークの広い庭を駆け出していく涼には、なかなか追いつけない。

 あぁ綺麗な走り方だ。カモシカのようにしなやかに走り抜けていく後ろ姿に思わず見惚れてしまう。でも追いつけないと不安になるよ。あの日、洋を見失ったように、涼も俺の手から零れ落ちてしまうのではと。

 俺は昔から……いつだってタイミングが悪いから。

 涼はセントラルパークの芝生エリアを突き抜け、木立が生い茂る森へと姿を消してしまった。ちょうど※ザ・レイクを抜けた木々が生い茂るあたりへ。

※セントラルパーク内のザ・レイクは湖の様な大きな池です。公園の面積に恥じない大きな池の上では、たくさんの人がボートにのっている姿も見られます。

 くそっ!凄まじく速いな。俺も本気で全速力で涼に追いつこうと、加速した。

「どこだ? 涼っ! 」

 涼が消えた森の中を、辺りをキョロキョロ見回し呼吸を整えながら歩いていくと、木陰の樹に寄りかかって、肩を上下させている涼を見つけた。

 そっと近づいて……涼の前に立つ。

 これから話すことを思うと、涼の顔を真正面から見るのが恥ずかしくて、俺は彼の後ろに回り、その若く華奢な身体をハグした。きゅっと宝物を抱くように。

「あっ……安志さん」
「ごめん涼ひどいこと言った……俺、信じられなくて」
「信じられないって? 」
「俺のこと好きだなんて言ってくれるから……でも涼、俺その前にきちんと話しておかないと」
「うん……何?」
「俺は実は、洋のことが、ずっと好きだったんだ」
「それは……わかっている」
「えっ?なんで気がづいた?」
「あんな目で普通は見つめないよ。ただの幼馴染じゃないって思った」
「そっか……」
「でも洋兄さんは、どうして安志さんを選ばなかったのか不思議だ」
「洋には運命の相手がいたんだ」
「そうなのか……あっ……もしかして今その人と一緒なの?」
「あぁ…誰にも邪魔されない所に行ったよ」

 俺の言葉を受けて、涼ははっとした。

「そうだったのか……洋兄さんの相手は……男の人だね?」
「何故分かる?」
「洋兄さんのあの哀しみを救えるのは、女性には到底無理じゃないかなって思っていた。男同士だから分かりあえて、いつも我慢していた洋兄さんが思いっきり甘えられる場所を見つけられたのではないかな……」

 その答えに感心してしまった。

「涼……お前はまだ若いのに深いな」
「もぉっ! 若いは余計だ! 歳の差なんて関係ないよ。それで? 勇気を出した僕の告白への返事は? 」

 ほっぺたを膨らませてむくれている涼が、あどけなく可愛い。

「あぁ……さっきはすまなかった。洋とは違う涼に惹かれている。会うたびにどんどん。本当にいいのか? 俺……男だぞ」

 涼はクスクスと甘い笑い声をあげる。

「ふふっ安志さんは心配症だな。僕がいいって言っているのに」
「いや……だってこんなこと……信じられなくてな」
「クスっ、心配症な安志さんが、僕はとても好きだよ」
「お前……年上をからかうな! 」
「じゃあ……ちゃんとキスして欲しい。駄目? 」

 急に真面目な顔で俺を見つめる涼の顔に見惚れてしまう。

 木陰に差し込む日の光が涼の栗毛色の髪を照らし、まるで天使のように輝いている。

 駄目なはずないじゃないか……こんなに可愛いおねだりをされて。

 なんという急展開だろう。

 こんな夢のようなことが俺に起こるなんて…信じられない。

 いつだって洋のことを想い、長い間片思いし続けて来た俺の恋。

 洋が丈と行ってしまってからは、置き場のない重たい石のように固まっていた俺の恋。

 ──涼と今、新しい一歩を踏み出せる──




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