重なる月

志生帆 海

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第3章

※安志編※ 面影 1

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 こんにちは志生帆 海です。いつもありがとうございます。『重なる月』第4章へ入る前に、第3章で大活躍だった安志くんの救済編を書いていこうと思います。よろしければまたお付き合いください。

****
 
 あの日、マンションの下で洋に投げたバイクのキー。

 あの瞬間、最後まで葛藤した俺の気持ちと共に、洋に全てを渡したんだ。丈と幸せになれ……そう願ったのは本心だ。空港へと真っすぐ駆け抜けていくバイクを見送り、俺は独りそこに残された。

「洋は当分帰ってこないだろう。もしかしたら異国へ旅立った洋とは、もう二度と会えないかもしれないな」

 そんなことをほろりと口に出してみると、いつの間にか冷たくなった秋風が痛い位、身に染みた。なんだか一気に気が抜けてしまった。洋のお義父さんがまた近いうちに帰国するのは想定通りで、その時は洋に触れさせないように手は打ってあった。まさかこんな早いタイミングで帰国するとは驚いたが、こちらからもカメラの映像が見れるように仕掛けておいたお陰ですぐに気が付き、なんとか丈さんと一緒に駆けつけ洋を無事に救済できた。

 とにかく……再び、洋が汚され、傷つけられることがなくて良かった。

 洋にした数々な卑猥な行為を証拠に法的に訴えることも、脅すこともできたのに、馬鹿でお人好しの洋はそれを望まなかった。そんな洋の気持ちを汲んで……お義父さんのアメリカでの仕事を調べ、幾ばくかの不正を見つけることができたので訴訟を起こすように仕向けた。俺には……彼が社長としてすぐにアメリカに戻らなくてはいけない状況を作ることしかできなかった。

 全くこんな温い方法じゃ、いつまた洋に危害が加わるかと心配で忠告したが……洋はやはり母の闘病にかかる高額な治療入院費用や葬儀の一切、10年間路頭に迷うことなく何不自由なく暮らさせてくれた恩義が捨てきれていないようだった。

 お人好し過ぎる。あんな目に遭ったくせに……人をそれでも許そうとするお前は。

 あれから停電が復旧しエレベーターで十分以上経ってから、洋のお義父さんが血相を変えて現れた。そのタイミングで携帯が鳴り仕事のことで揉め出したお陰でしっかり足止め出来た。結局お義父さんは洋を追いかけることを諦め、アメリカへUターンして行った。そこまでそっと見届けて、ほっとした。

 小さな不正はやがて大きな不正が発覚することに繋がっていき、今、洋のお義父さんはアメリカで取り調べを受けているそうだ。洋が直接制裁を加えなくても、自然とそういう流れになったのだから、これはこれで良かったのかもしれないな。

 しかし、本当に馬鹿な洋だ。いつかまた洋の首をしめることにならねばいいが。でもそんな洋が憎めない。

 だから俺は願う。
 どこまでも行け。

 再び丈とすれ違わないように、絶対に手を離すな──


****

 今俺は、飛行機の小さな窓から、どんどん遠ざかって行く街のネオンを見下ろしている。あの秋の日から五年もの月日があっという間に過ぎ、俺はもう二十七歳だ。洋と高校時代に突然別れてから、五年目に洋と再会した。最初の五年間は長かった。そしてまた洋と別れてから同じ月日……五年が経とうとしていた。

 風の便りで丈と元気に暮らしていることは知っているが、俺たちはもう会わなかった。洋への想いが、まだ心の中ですっきり整理出来ていないのかもしれない。目を閉じればすぐに瞼に浮かぶ、洋との最初で最後の心を合わせたキスは、思ったより長く俺を縛り付けてしまったようだ。

 馬鹿だ……俺は。

 もうとっくに洋は丈と前へ前へ進んでいるのに、俺だけはあの日の俺の部屋でのキスで止まってるなんて。

 あれから警備会社でのセキュリティ関連の内勤の腕が認められ、今日からは海外研修でアメリカへ行く。洋を忘れるために夢中で働いて何も考えないようにしていたのに、こんな風に身動きとれない退屈な空間に長時間閉じ込められていると、洋のことばかり思い出してしまう。

 洋の前では潔いことを言ったのに、本当の俺は未練がましい、ちっぽけな奴だ。本当にもういい加減に忘れよう。

 あれから五年も経ったのだから……

 はぁ、それにしてもアメリカまでは遠いな。座ってばかりいる飛行機の中もいよいよ退屈になってきたし、足がパンパンで痛い。躰を動かすことが好きな俺には同じ姿勢でずっといることが苦痛だ。よしっエコノミー症候群になりそうだし少し歩くか。

 ここ暫く仕事が忙しくすっかり忘れていた洋のことを思い出しながら、ぼんやりと機内を歩きながら、何気なく見た視界の先、俺の席の3列ほど後ろに……良く知っている顔を見つけ、心臓が飛び跳ねた!

「えっ?なんで……こんなところに」


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