重なる月

志生帆 海

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第3章

今、時が満ちて 2

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 もう駄目だ!目をぎゅっと瞑った瞬間、玄関の扉が開いた。

「あっ!」

 現れたのは俺が助けを求めて心の中で叫んだ人……丈だった。

「洋を離せ!洋っ来い!」

 突然現れた部外者に一瞬動揺した義父が手を緩めた隙に、丈は俺の腕を掴み思いっきり走り出した。

「洋!待ちなさい」

 丈が乗って来たエレベーターに飛び乗り急いで閉め、一気に降下させる。
 なんで、なんで丈がここに? 夢じゃないのか……こんなタイミングで来てくれるなんて!

「うっ……」

 俺は首を絞められていたせいで息が上手く吸えなくて、口をパクパクさせていると、丈が急いで俺の唇を塞いで空気を送りこんでくれた。あぁこの暖かさ。丈だ……幻じゃない。丈が助けに来てくれた。

「洋、大丈夫か。親父さんが追ってくる、詳しいことは後で」

 俺は言葉も出ない状態だったので、コクコクと頷く。丈は俺のはだけた衣類を悲し気に見つめた後、無言で手早く整えてくれた。

 丈……もう離れたくない。そう早く口に出して告げたかった。

 一階に到着し慌ててエレベーターを降り、隣のランプを確認すると、父が乗っているであろうエレベーターが十階あたりを通り過ぎたところだった。

 このままじゃ追いつかれてしまう!
 怒りに狂った父が何をするか分からない!

 もう嫌だ!
 絶対に嫌だ!

 丈のこの手を離したくない!
 丈を傷つけたりしたら許さない!

 そう力強く思った途端、怒りに満ちた守るべきものを守りたい気持ちが信じられないほど熱く、俺の躰に満ちて行った、その時だった。

 ガラガラ、ガラッー

 大きな音ともに雷が落ち、辺りが震えるほどの光線が天井から突き抜け思わず目を瞑ってしまった。強い衝撃が過ぎ去り、目をそっと開けるとまだ振動で窓ガラスがカタカタと揺れていた。そしてその次の瞬間、マンションのエントランスの電気がすべて消え、エレバーターの表示も消えた。

「なっ何だ?停電か」
「丈っ行こう! 今がチャンスだ!」

 停電になったのは何故か俺のマンションだけのようで、街の灯りはついたままだ。

「あっああ、洋こっちだ」

 丈に今度は手をつながれ暗闇の中を走り抜け、マンションの裏口から外に出る。

「洋!こっち」

 はっと声がする方を振り返ると、バイクに跨った安志がマンションの前に立っていた。

「ほらっ!これを使え」

 綺麗な弧を描き俺の手の平に届いたバイクのキーに、安志の温もりを感じた。

「ありがとう!安志、俺……行くよ」
「あぁ頑張れ!逃げ通せよ!」
「洋っ早く乗って」

 ヘルメットを被せられ丈の腰にしがみつくと、すぐにバイクが走り出す。

 安志……最後までありがとう。

 雷が鳴る空、今にも降り出しそうな空模様なのに、何故か雨は降っていなくて、雷光ばかりがチカチカとまるで空港までの道案内をするように光っていた。

 こんなことが前にもあった。俺は、雷にいつも助けられている。これはもしかして……遠い昔の君の仕業か。それとも俺が呼び起こしているのか。分からない。分からないけれども、不思議と心が冴えてくる。初めて、自分から自分が本当にしたいことを望んだのだ。

 逃げるんじゃない。
 進むのだ!前に!



 更にスピードを上げ、光る夜道を空港へ向けて真っすぐ走り抜けていくバイク。丈の広い逞しい背中に、俺はしがみついた。

「丈……本当に俺と一緒に行ってくれるのか」
「洋、当たり前だ。今宵旅立とう……二人だけの世界へ」

 今、ようやく二人の想いは再び重なり、また新しい物語が始まる。

第3章 完





****

 こんにちは!「重なる月」を執筆している志生帆 海です。第3章がようやく本日で終わりました。出会いから甘々を経て、二人に訪れた危機、洋の苦難の連続。痛くて辛い内容が多かったのに、最後まで読んでくださってありがとうございます。ご興味があれば、またゆるゆるとお付き合いしてくださるとうれしいです。次の章はいよいよ過去との邂逅編です。

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