重なる月

志生帆 海

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第3章

今、時が満ちて 1

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 今夜、俺はここから丈と旅立つ。

 高層階の窓には、稲妻が遠くに走る秋の夜空が広がっていた。

 その空の向こうに、二人きりの国が見えるような気がして思わず目を細めてしまった。



 あと少しで此処から逃れられる。丈と一緒にまた暮らせる。早く行きたい。そう思うと、安志の家から戻ってからの一週間、父からの盗撮や盗聴もすべて我慢できた。次々に届く卑猥な内容のメールも、なんとか平静を保ちやり過ごすことが出来た。

 安志に教えてもらった盗撮カメラの死角で、旅立つ準備を、父に気づかれない様に少しずつ進めて来た。そしてとうとう決行の日、金曜日になった。

 定時に仕事をあがり夜便で出発出来るように、最小限の荷物を鞄に詰め、着替えを済ましていると、玄関のインターホンが鳴った。

「えっ……」

 心臓がひやりとする。誰だろう?こんな時間に……丈とは空港で待ち合わせしているはずだが。

 インターホンに出るのを戸惑っていると、ガチャっとドアが開く音がした。

 その途端、背筋が凍った。

 何故なら……この部屋の鍵を持っているのは、俺と義父さんしかいないから。

 なんで……まさか帰国したのか。なんの前触れもなく、よりによって今日。

 息をひそめて、その場で立ちすくんでいるとリビングのドアが開く。

 やはり……現れたのは、義父だった。

「洋、いい子にしていたか」
「義父さん……」
「ふふっ驚いた顔をしているな。洋に会えない日々は思ったより辛くてな。さぁ顔をよく見せてくれ。よしよし、この一ヶ月近くいい子にしていたな。熱を出して安志くんの家に泊まった以外は品行方正に暮らしていたようだから安心したよ」

 あまりに驚いて声が出ない。

「どうした驚いたのか」
「あっ……いえ……お……かえりなさい」
「ふっ反抗しても無駄だよ。さぁまずは早く抱かせなさい。ずっと我慢していたんだ」
「えっ?まっ待って! 」

 有無を言わさぬ力で義父に腕を掴まれ、寝室へひきずられ、あっという間二ベッドの上に力任せに投げ飛ばされてしまった。義父が俺との情事を楽しむために選んだキングサイズのベッドは、虚しいほど広々としていた。

 嫌だ!
 駄目だ!
 こんな風に抱かれるのは二度と嫌だ!

 危険信号が躰の中で点滅し出す。

「洋どうした?父さんはずっと我慢していたんだよ。早く準備をしなさい」

 近づいてくる酒臭い息に、顔を思わず背けたくなる。この口で俺にこの前何をしたのか思い出すだけで、悔しさと羞恥心が込み上げ躰が震えてくる。

 だが、ばれてはいけない。俺が今日ここから逃げようとしているのだけは悟られないようにしないと。抵抗したいのに、抵抗すれば部屋の鞄に忍ばせたパスポートが見つかってしまうと思い、躰が固まって動かない。

 ガバッと義父が体重をかけて覆い被さり、興奮した息と同時に唇を塞がれてしまった。

 丈にしてもらった口づけとは全く違う……ナメクジが這いまわるような虫唾が走るような感覚に心臓が潰れる思いだ。

 無理だ!
 嫌だ!
 もうこの前のように、このままいいように抱かれたくない!

 丈っ!
 俺は丈に会いたいんだ!

 だが……

「洋……私の可愛い子……ずっとこうしたかった」

 義父の指が俺のシャツのボタンを一つ二つと上からゆっくりと楽しむように外し、その隙間から手を挿し入れ、俺の乳首をその太い指でこね回し始める。

「ひっ……」

 俺はなんとか目を閉じ耐えようと思ったが、どうしても思い出してしまう。丈と触れ合った温かい日々を。

 指先は胸全体を揉むように動き始め、乳首を唇で挟まれ勢い良く吸われてしまった。

 厚ぼったい唇で、音を立てる程卑猥に……

「あぁ……美味しいよ。洋の乳首はとてもいい味だ。さぁ下はどうなっているかな。早く中に挿入したいよ」

 手が俺の股間に伸びて来る。ズボンの上から揉まれぐっと吐き気が込み上げて来る。ズボンのベルトが外される音に震える。

 丈と逃げなくては!

 このまま抱かれたら、今日丈と行けなかったら……俺は二度とこの組み敷かれた腕の中から抜け出せない。渾身の力を込めて、義父を押しのけた。

「うわぁ!」

 バランスを崩した義父がベッドからずり落ちた隙にすり抜けて、伸びてくる腕を寸での所で除け、部屋に置いた鞄を持ち、玄関へ向かった。

「待て! 何処へ行くつもりだ!」

 だが、あと一歩の所で腕を掴まれて、進めなくなってしまった。

 恐ろしい剣幕で追ってくる義父から逃れなくては。今捕まったら、もう俺は羽ばたくことが出来ない。そう思い、強く掴まれた腕を振り払おうとするが、びくともしない。

 そのまま玄関の冷たいドアに躰を強く押し付けられ、背中にズシンと強い衝撃が走る。

「うっ痛っ……やだ!来ないで、義父さん、俺を行かせてっ」
「洋っお前までも私から逃げるのか!」

 義父さんの眼は怒りに震え、赤く染まり、その声は低く暗い恐ろしいものだった。そしてその手が俺の首に伸びて来た。

「お前まで私を置いていくのか」
「くっ……」

 怖い……

 俺が逃げようものなら、こんなことまでするのか。こんな義父でも母と共に家族らしい日々を過ごしたこともあるのに……人はここまで変わるものか。締め付けられる首をふりほどこうとするが、食い込む手は容赦ない。目から苦しみのあまり涙が滲み出る。

「ゲホッつ……いや……もう嫌だ!あなたの好きなようにさせない!」

 必死で抗う!
 負けない……俺は行く!
 そう思う気持ちは追い込まれれば追い込まれるほど強くなってくる。

「洋っ絶対に行かせない」

 首を潰す手に更に力がこもり、俺は息苦しさでもがいた。

(助けて……丈……)

 そう強く強く願った。

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