重なる月

志生帆 海

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第3章

今、会いたい 2

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 駄目だ……私としたことが躰が震えている。洋の幼馴染から突然電話をもらってから、心が落ち着かない。鷹野安志と名乗る幼馴染の話は、私のここ一週間の疑問を解消してくれるものだった。

 洋の親父さんの突然の帰国。 
 親父さんを嫌がる洋。
 連れて行かれ、帰ってこなかったあの日。
 会社での怯えた様子。

 更に私の仕事も突然自宅勤務となり、洋との接点があっという間にブツブツと音を立てて切られていった。まるでパズルのピースが埋まっていくように、一つ一つその謎が解けて行った。何よりも驚いたと同時に納得したのは、洋の親父さんが義理の父親だったことだ。

 洋……君は何故そんなにも大事なことを私に話してくれなかったのか。それを知っていたら、あの日親父さんにタクシーに乗せられ去っていく洋のことを、無理やりにでも引き止めたのに……馬鹿な奴だ。どうして俺に隠し事を。

 あの幼馴染の言う通り、本当に此処へ戻って来てくれるのか。洋が怖がるようなことは何もしないから、とにかく顔を近くで見せて欲しい。私の望みは、ただそれだけだ。

 窓辺に座り耳を澄まし待っている。 私だけの洋の帰りを……

****

 どれくらい時間が経ったろうか。目を閉じ耳に神経を集中させてひたすら待っていると、遠くからバイクの音が近づき、テラスハウスの前で停車したのが分かった。

 洋がまた戻って来てくれた。一瞬でもいいから顔を見せて欲しい。

 バイクを停めた後しばらく戸惑っているらしく、なかなかインターホンが鳴らないのがもどかしい。 今すぐにでも駆け出して洋を抱きしめてやりたいが、幼馴染の気遣いを無駄にしたくないから、ぐっとその衝動を我慢する。

 ピンポーン──

 この瞬間を待っていた!ドアを急いで開けると洋がぽつんと立っていた。

 「洋……」
 「……丈」

 いつものように花のようにふんわりと笑おうとして、笑えない洋のちぐはぐな笑顔。その笑顔は酷く悲し気な色を帯びていた。いつも儚げな洋だったが、一段とやつれ痩せて憔悴しきった姿になり果てていたことに、胸がつぶされる思いが駆け上がった。

 洋の顔を見た途端、あの日の冷え切った月輪のネックレスと不思議な夢が私の脳裏を過った。 洋の躰に付けられた犯された無数の痕……まさか……あれは現実なのか。何があったのか想像してもよいのか。洋と義理の父……二人の関係が想像通りだったら、私はどう向き合えばいいのか。洋はどう向き合って欲しいのか。

 まだ何もかける言葉が見つからず、私は無言で洋を抱きしめた。洋の躰はびくっと怯え、震え出す。その震えを封じ込めるように、私は腕の中の大切な想い人をきつく抱きしめてやった。

 「洋おかえり。待っていたよ。ずっと」
 「丈……ごめん。俺、帰ってこれなくて、ずっと……」
 「心配したよ」
 「すまなかった。本当に悪かった。許してもらえるなんて思ってない……でもごめん……なさい」
 「洋…いいんだよ、こうやって帰ってきてくれたんだ」
 「うっ……ごめんなさい。ごめん……」

 洋の眼にが涙が溢れ、滂沱の涙となって零れ落ちて行く。謝罪の言葉しか口にしない冷え切った洋に、口づけして抱きしめて温めてやりたいと、無性にその衝動に駆られてしまった。

 洋……しちゃ駄目なのか。

 涙に濡れる洋の顎を掬い口づけしようとすると、その瞬間、洋がさっと顔を背け、酷く悲し気な表情を浮かべていた。

「洋? 口づけしてはいけないのか」
「……しないで、欲しい。丈に伝えたいことがあって来た……」
 「何だ?」
 「もう……俺に触れないで欲しい」
 
 そう言い切ったあと、それは本当の望みではないと物語るように後悔の海に沈んだような暗い表情を浮かべた。

 「馬鹿……洋、我慢するなんて」
 「本当だ!もう俺に触れないで」
 「洋?」
 「だから……聞こえなかったの? もう俺に二度と触れないで欲しい」
 「どうして……急にそんなことを?なにがあったか話してくれ! 会えない間に一体何があった?」
 「駄目だ! 何も聞かないでくれ……」

 強がって心と逆のことを言い続ける洋の心がこのまま壊れてしまうのではと、恐ろしくなってくる。洋は涙を袖で拭い、それでも潤んだ眼差しのまま、私のことを真っすぐに見つめ、信じられないことを口にした。

 「丈……俺はもう……ここには戻ってこれない。それをきちんと俺の口から伝えたくて一度だけ来た」
 「洋……君は」
 「お願いだ。何も聞かないで行かせて欲しい」

 洋はふっと寂しそうに微笑み、私の首に手を回し躰を預け、しばらく無言で震えていた。

 触れるなといって触れてくる洋がいじらしい。いかに想いと反対の言葉を洋が無理やり口にしているかが伝わって、胸が締め付けられる。こんな状態の洋を、どこかへ独りで行かすなんてこと出来るはずないじゃないか。君って人は……

 それなのに洋は意を決したように、きゅっときつく抱き付いて、私の耳元でこう囁いた。

 「……さよなら……」

 そんな馬鹿げた言葉を……口にするなんて……

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