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第3章
今、会いたい 1
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歩きながら俺は携帯を取り出した。少し躊躇ったが心を決めてメモ書きの電話番号へ発信した。
「もしもし……張矢さんですか。あの俺、鷹野安志です。昨日はどうも」
「あっ……はい。張矢ですが、あっもしかして洋のことが何か分かったのですか」
疲れ切った焦った声だ。恐らくあれからずっと洋のことを心配し探していたのだろう。
「張矢さんは今……何処ですか。自宅ですか」
「はい、そうですが」
「洋が……もう少ししたら、そちらへ行くと思います」
「えっ」
「俺のバイク貸しましたので……きっと。但し一つだけ頼みがあって……必ず今日は帰宅させてください。無理に引き止めないで下さい。今はまずいから。それと……洋は自分が汚れていると気にしています。……分かりますか。言っている意味。あなたなら分かるはずです」
短く息を呑む、そんな息遣いが届いた。
「……やはり良くないことがあったのか、洋にとって」
「俺では……助けきることが出来ないんで、あなたにお願いしたい。絶対に洋を泣かせないで欲しい。無理強いだけはしないで下さい」
「洋のお父さんは何処へ?」
「アメリカに帰国したようです。気を付けて……あいつは義理の父親だから、何が起こってもおかしくない間柄だったということは認知しておいて欲しいのです」
「それって……やはり、まさか……そんな……」
何か思い当たることがあるのか。丈って奴はなかなか鋭い。だがこれ以上のことは俺の口からは言えない。洋がどこまで自分の身に降りかかった災難を伝えられるかは……分からない。でも俺は洋の気持ちを尊重したい。
「では切ります」
「待て……」
何か聞きたそうな声だったが、俺からはこれ以上話せることはない。
****
手の平に置かれたバイクのキー。
安志……お前はいい奴すぎる。俺はお前の想いに何一つ報いることが出来ないのに、こんな好意に甘えて良いのだろうか。でも今日を逃したら、また父さんの監視が酷くなるだろう。明日には……またあの部屋に戻らねばならない。安志がくれたチャンスを俺が自ら放棄してはいけない。
「おばさん、少し出かけてきます。夜には戻りますので」
「洋くんもう大丈夫なの?スーツまで着て……夕食は我が家で食べなさい。少し栄養つけないと、あなたそんなに痩せちゃって、そんなんじゃ……天国の夕が悲しむわ」
「ありがとうございます。必ず戻ります」
丈に会って少し二人で話をするだけでいい。安志は俺のことを心は汚れていないと言ってくれたが、やっぱり無理だ。俺の躰はもう丈に抱いてもらえるようなものではない。それは俺の躰が一番知っている。さっきシャワーを浴びながら鏡に映る自分の躰をまじまじと見て、しばらく蓋をしていた悲しみがじんわりと込み上げてきた。
今もまだ傷だらけの俺の躰。
丈のつけてくれた印の上に何度も何度も上書きされた暴力の痕がしつこく消えない。
この汚れた躰だけは、死んでも丈に見られたくない。
それでも今は……丈、君に会いたい。
ただその気持ちだけに押され、俺は駆け出す。
黄昏色に染まる街をバイクで走り抜けていく。この感覚はあの日のあの夢のようだ。あの日は雷雨になりそうな空を、不安に怯えながら走り抜けた。そして今日はあの夏休みの旅行で見たような満ち足りた色の空のもとを、躊躇する気持ちと会いたい気持ちの間で揺らぎながらバイクで駆け抜けていく。
会っていいのだろうか。
会ってどうするつもりだ?
ゆらゆらと定まらない俺の気持ちのバランスが悪い。気持ちが落ち着かないままテラスハウスに着いてしまった。少し前までは、ここで丈と幸せな時間を過ごしていたのに……テラスハウスの灯り、丈の車。どれも懐かしい。
心を決め一度ふぅと深呼吸をしてから、インターホンのボタンを震える指で押した。
「もしもし……張矢さんですか。あの俺、鷹野安志です。昨日はどうも」
「あっ……はい。張矢ですが、あっもしかして洋のことが何か分かったのですか」
疲れ切った焦った声だ。恐らくあれからずっと洋のことを心配し探していたのだろう。
「張矢さんは今……何処ですか。自宅ですか」
「はい、そうですが」
「洋が……もう少ししたら、そちらへ行くと思います」
「えっ」
「俺のバイク貸しましたので……きっと。但し一つだけ頼みがあって……必ず今日は帰宅させてください。無理に引き止めないで下さい。今はまずいから。それと……洋は自分が汚れていると気にしています。……分かりますか。言っている意味。あなたなら分かるはずです」
短く息を呑む、そんな息遣いが届いた。
「……やはり良くないことがあったのか、洋にとって」
「俺では……助けきることが出来ないんで、あなたにお願いしたい。絶対に洋を泣かせないで欲しい。無理強いだけはしないで下さい」
「洋のお父さんは何処へ?」
「アメリカに帰国したようです。気を付けて……あいつは義理の父親だから、何が起こってもおかしくない間柄だったということは認知しておいて欲しいのです」
「それって……やはり、まさか……そんな……」
何か思い当たることがあるのか。丈って奴はなかなか鋭い。だがこれ以上のことは俺の口からは言えない。洋がどこまで自分の身に降りかかった災難を伝えられるかは……分からない。でも俺は洋の気持ちを尊重したい。
「では切ります」
「待て……」
何か聞きたそうな声だったが、俺からはこれ以上話せることはない。
****
手の平に置かれたバイクのキー。
安志……お前はいい奴すぎる。俺はお前の想いに何一つ報いることが出来ないのに、こんな好意に甘えて良いのだろうか。でも今日を逃したら、また父さんの監視が酷くなるだろう。明日には……またあの部屋に戻らねばならない。安志がくれたチャンスを俺が自ら放棄してはいけない。
「おばさん、少し出かけてきます。夜には戻りますので」
「洋くんもう大丈夫なの?スーツまで着て……夕食は我が家で食べなさい。少し栄養つけないと、あなたそんなに痩せちゃって、そんなんじゃ……天国の夕が悲しむわ」
「ありがとうございます。必ず戻ります」
丈に会って少し二人で話をするだけでいい。安志は俺のことを心は汚れていないと言ってくれたが、やっぱり無理だ。俺の躰はもう丈に抱いてもらえるようなものではない。それは俺の躰が一番知っている。さっきシャワーを浴びながら鏡に映る自分の躰をまじまじと見て、しばらく蓋をしていた悲しみがじんわりと込み上げてきた。
今もまだ傷だらけの俺の躰。
丈のつけてくれた印の上に何度も何度も上書きされた暴力の痕がしつこく消えない。
この汚れた躰だけは、死んでも丈に見られたくない。
それでも今は……丈、君に会いたい。
ただその気持ちだけに押され、俺は駆け出す。
黄昏色に染まる街をバイクで走り抜けていく。この感覚はあの日のあの夢のようだ。あの日は雷雨になりそうな空を、不安に怯えながら走り抜けた。そして今日はあの夏休みの旅行で見たような満ち足りた色の空のもとを、躊躇する気持ちと会いたい気持ちの間で揺らぎながらバイクで駆け抜けていく。
会っていいのだろうか。
会ってどうするつもりだ?
ゆらゆらと定まらない俺の気持ちのバランスが悪い。気持ちが落ち着かないままテラスハウスに着いてしまった。少し前までは、ここで丈と幸せな時間を過ごしていたのに……テラスハウスの灯り、丈の車。どれも懐かしい。
心を決め一度ふぅと深呼吸をしてから、インターホンのボタンを震える指で押した。
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