重なる月

志生帆 海

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第3章

明けない夜はない 8

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「一体……誰にこれを……つけられた?」

 薄い肩を必死に揺さぶるが、洋は唇をきゅっと噛みしめて俯いたまま答えない。言えない相手なのか。丈って奴に知られたくないってことは、待てよ……

「洋……お前……まさかその丈って奴と……」
「えっ……」

 狼狽した表情で、洋が切なげな声をあげる。

「洋、そうなのか。もしかしてお前達、ただの同居人じゃないのか!」
「……」

 あの丈って奴も必死に洋のこと探していた。想い合っているのか、もしかしてお互いに。いつの間に、俺の可愛い幼馴染は手が届かない所に行ってしまったのか。

「洋、これだけはきちんと答えろ、誰にやられた? さもないと丈さんに連絡するぞ」

 悲痛な顔で洋が首を横に振る。

「駄目だ……お願いだ。安志……」
「じゃあ正直に答えろ! 誰だ?」

 洋の唇が小さく震えながら何かを必死に言おうと開いたが、やはり途中で止まってしまった。

 声の代わりに流れ落ちるのは、とめどない涙。目からボロボロと大粒の涙をこぼしながら、俺のことを真っすぐに見つめてくる。

「安志……ごめん。俺の問題だから……大丈夫だから。ここで一晩寝れば大丈夫。俺は何とかやっていくから……だからもう聞かないでくれ……」

 興奮したせいで洋は呼吸が苦しそうで今にも倒れそうだ。更に熱があがってしまったのか真っ赤な顔をしている。今、これ以上問い詰めるのは酷だと思い、俺も一旦追及を緩めた。

「いいよ……洋、今はもう聞かない」

 途端にほっとする洋の表情に、胸が痛む。

「ありがとう安志。いつも……いつも迷惑かけてごめん」

 俺はそっと洋の髪の毛を撫でてやる。

「少し眠れ、熱が高くて辛そうだ」
「……あぁ」
「着替えをここに置いておくから自分であとで着替えろ」
「分かった」

 緊張がほぐれたのか、再び洋はうつらうつらし出した。その寝顔を見つめていると、俺の胃がキリキリと痛んだ。

 くそっ!なんてことだ。

 洋はあの丈って奴と寝たのか。もう肌を重ねる間柄になってしまったのか。俺じゃ駄目だったという訳だ……やっぱり。

 あいつは、あの日駅まで洋のことを迎えに来ていたのか。二人は幸せに暮らしていたのか。

 一体そんな二人に何が突然起こったのか。何者かが引き裂いたのか。洋の身辺に最近何か変わったことはなかったのだろうか。

 俺はいつか洋が遠い所へ行ってしまうことが、分かっていたような気がする。俺じゃない誰かと行ってしまうことは覚悟していた。だが……こんな形で気が付くとは皮肉すぎるな。

 でも……どんな状況であろうと立場であろうと、小さい時から大切に見守ってきた洋が悲しむ姿を見るのは嫌だ。

 俺が今出来ることはなんだろう。
 洋にはいつも笑っていて欲しいよ。
 今まで苦労した分、幸せになってもいいはずなのに。


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