重なる月

志生帆 海

文字の大きさ
上 下
116 / 1,657
第3章

明けない夜はない 6

しおりを挟む
「んっ丈……俺を離さないで。ここにいて……」

 うわ言のように繰り返される「丈」という名前に、思わず眉をひそめてしまった。

 洋がどうしてその名を口にする?
 涙まで零して、一体どうなっている?
 洋は……あいつが嫌で家を出たんじゃないのか。

 かける言葉が見つからない。その手を取ってやれない俺はそのまま扉を閉めて、無言で階段を降りた。

「安志。ねぇ……ちょっといいかしら?」

 居間にいる母さんから深刻な声で呼ばれた。

「何?」
「あのね、洋くんのことだけど……」
「えっ」

 まさか今の口づけ見られてないよな?と焦ってしまう。

「ちょっといい?こっちに来て」

 リビングには父もいるので、1階の空き部屋に呼ばれた。

「なっ何だよ?」
「んっ…あのね。母さん、さっき洋くんが寝汗をかいているから着替えさせてあげようと思って、襟元を緩めてあげたのよ」
「それがどうかした?」
「うーん、実はちょっと気になることがあって」
「洋がどうかしたの?」
「……母さん悪いと思って着替えさせること出来なかった。なんかね……」

 母さんはそこから先は言い難そうに、モゴモゴとしている。

「なんだよ?はっきり言ってくれよ」
「……あのね洋くんの首筋に、うっ血した痕が何か所もあってね」
「それが?喧嘩でもして殴られたのか」
「それならいいけど……」
「違うのか」
「安志。あんた男だから、気兼ねなく着替え手伝ってあげられるでしょ。他にも躰に痣がないか確かめてみてもらえない?」
「うん、いいけど……何だ?」

 母が言おうとしていることの意図がピンと来ない。洋の躰に痣? 洋はいつも白く滑らかな綺麗な肌で眩しい位だったよ。ふと高校のプールの時間のことを思い出す。あの日どうして俺は洋を置いて先にロッカーから出てしまったのか。どうして教室に戻ってすぐに洋がいないことに気が付かなかったのか。どうしてあの日階段上であんな告白してしまったのか。あの日の後悔がどんどん浮かんできて、胸が苦しい。

「安志、これ新しいパジャマだから、洋くんにどうかしら? 今日は泊まるから着替えさせてあげて。スーツのままじゃ寝苦しそう」
「分かった」

 洋が俺の家に泊まるのは、いつぶりだろう。そう思うと少しだけ心が温かくなる。もう一度自分の部屋に戻ってみると、洋は再び熱にうなされるように昏々と眠り続けていた。

「洋……起きられるか」

 そっとその緩めた襟元を覗いてみる。

 母さんが言っていた痣って一体なんだ? 確認してみるか。

 すると……洋の白い首筋に噛みつくように残された鬱血した跡がすぐに目に留まった。だいぶ薄くなっているが、かなり激しくつけられたと分かるものだった。
 
 まさか……これってこんな部分に。これって、やっぱりアレだよな。

 途端に想像して赤面してしまう。そしてはっとして洋のワイシャツのボタンを全部外し、これ以上こんな痣がないことを祈りながら、恐る恐る前を全開させて確認した。

「あっ」

 思わず声をあげてしまった!なんとも痛ましいほどの量の鬱血。キスマークなんて可愛いものではない。

 執拗に同じところを何度も何度も弄られたような痛々しい痕ばかりじゃないか!なんでこんな風に洋の躰を埋めつくすような痕をつけるなんて! こんなひどい扱いを誰に受けたんだ?相手は女じゃないと直観した。これはまさか……まさかとは思うが……誰かに犯された痕なのか。

 そう思うとすべて結びつく。歩道橋で今にもそこから飛び降りそうな、消え入りそうだった洋の様子。この衰弱しきった躰……全てが結びつくじゃないか!一体誰だ!まさか、あの丈って奴が無理やりに洋を手籠めにしたのでは?

 怒りに震えてくる。

しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

忘れ物

うりぼう
BL
記憶喪失もの 事故で記憶を失った真樹。 恋人である律は一番傍にいながらも自分が恋人だと言い出せない。 そんな中、真樹が昔から好きだった女性と付き合い始め…… というお話です。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

半分だけ特別なあいつと僕の、遠まわりな十年間。

深嶋
BL
 恵まれた家庭環境ではないけれど、容姿には恵まれ、健気に明るく過ごしていた主人公・水元佑月。  中学一年生の佑月はバース判定検査の結果待ちをしていたが、結果を知る前に突然ヒート状態になり、発情事故を起こしてしまう。  隣のクラスの夏原にうなじを噛まれ、大きく変わってしまった人生に佑月は絶望する。  ――それから数か月後。  新天地で番解消のための治療をはじめた佑月は、持ち前の明るさで前向きに楽しく生活していた。  新たな恋に夢中になっていたある日、佑月は夏原と再会して……。    色々ありながらも佑月が成長し、運命の恋に落ちて、幸せになるまでの十年間を描いた物語です。

帰宅

pAp1Ko
BL
遊んでばかりいた養子の長男と実子の双子の次男たち。 双子を庇い、拐われた長男のその後のおはなし。 書きたいところだけ書いた。作者が読みたいだけです。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

処理中です...