重なる月

志生帆 海

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第3章

明けない夜はない 4

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「すみません課長、今日は定時で上がらせてください」
「鷹野どうした?そういえばさっきからお前に張矢さんという人から何度も電話があったぞ」
「張矢?……知りませんが」
「そうか。何でも緊急で聴きたいことがあるってさ、この電話番号にかけてみてくれ。信協製薬の医師だって言ってたぞ」
「信協製薬?」

 確か……洋の会社だ。不思議に思い、その番号へかけてみる。

「もしもし?」
「張矢です」
「あの俺、鷹野安志っていいます。俺に何か。失礼ですがお会いしたことあります?」
「……間違っていたら申し訳ない、突然ですがあなたの幼馴染に崔加洋さんって男性いませんか」

 何で洋のことを?

「えっ……何で洋のことを知って……あなた誰ですか」
「知っているのですね。良かった。探していました!私は会社の寮で洋くんと同室のもので、張矢 丈と言います」
「あぁ、あの時駅で一瞬会った人ですか」
「良かった、君でしたか。警備会社の安志さんとしか聞いてなくて、実は片っ端から警備会社に問い合わせしていました」
「一体……何で洋のことを?」
「実は、洋が1週間以上家に帰って来なくて、少し心配なことがあって……幼馴染のあなたなら知ってるかと思って…」

 えっ……洋が家に帰っていないだって?

 俺が夕方助けた洋は、六月に再会した時の健康そうな顔色と打って変わて、弱々しく傷ついて、儚くて……そのまま歩道橋から飛び降りてしまいそうな位、悲しみに打ちひしがれていた。

 一体この同室の相手は何者だ? 洋のことをこんなに必死になって探して……まさか洋に無理矢理手を出したんじゃないよな。

「もしもし?」
「……洋にはあの時以来会っていないです」

 まずは洋に確かめてからと思ったから、思わず嘘をついてしまった。洋がもしもこの男が嫌で逃げ出したのなら、隠し通してやるからな。

「そうですか。では、こんなことをいきなり聞くのもどうかと思ったのですが、教えていただきたいことがありまして」

 遠慮がちに何か知りたいことがあるような素振りだ。

「なんですか」
「あの……洋さんはお父さんとの関係があまり良くないのですか。少し気になることがあって」
 
 洋のお父さん?あぁあの義父のことか。あいつは嫌いだ。いつも洋のことをいやらしい眼で見ているような気がして、洋もそれを感じてか表面上は母親の手前そつなくやっていたが、二人きりになるのは避けていた。でもなんで急に義父のことを?

「普通のお父さんですが……洋の」
「……そうですか」

 いきなりの電話で洋のプライベートを話す必要はないと判断して、またしても嘘をついてしまった。流石に罪悪感で少し胸が痛んだ。

「あの、すみません。もう仕事をあがるところなので切りますよ」
「待って!もしも洋を見かけたら必ず私に連絡してください」
「……」

 いくつかの嘘をついた俺は、卑怯な男かもしれない。今俺の実家で高熱で苦しんでいる洋の姿を想像すると、今はただ外の世界のすべてから守ってやりたいと思い、『張矢 丈』と名乗る男の電話番号のメモをくしゃっと丸めた。そのまま屑箱に投げ捨てようかと思ったが、ぐっと堪えて上着のポケットに無造作に突っ込んで、会社を後にした。

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