重なる月

志生帆 海

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第3章

明けない夜はない 2

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「崔加くんご苦労、今日はもう帰っていいよ。私はこの後会合があるから、ここで降ろしていいか。君のマンションの近くだろう?」
「……はい」

 マンションの近くの道で本部長の車から降ろされた。そのまま真っすぐ戻ろうと思ったが、外の空気が心地よく感じた。今日なら少しは父の監視も緩いのでは……少しだけなら許されるだろうか。

 丁度太陽が沈む時刻だ。俺は夕焼けを見たくて横断歩道の途中で足を止め、ビルの谷間から覗く空を眺めた。

「同じ色だ……あの日と」

 オレンジ色に染まる街。あの日観た夕陽と寸分も変わらない太陽に目を奪われた。俺はこんなにもあの日から境遇が変わってしまったのに、自然はそのままだ。ぼんやりと見ていると、躰が随分と熱っぽいことに気が付いた。そういえば朝からずっとだるかった。ここ数日ろくなものも食べてなかったし、すっかり衰弱してしまったせいだろう。眩暈がする……まずい戻ろうと思った途端、視界がぐにゃぐにゃと揺れ出した。

「あっ」

 立っていられなくなり、横断歩道の手すりに手をついて、その場でしゃがみ込んでしまった。途端に頭もガンガンとして、金槌で叩かれるようにズキズキと響いてくる。俯いて頭を押さえ眩暈が落ち着くのをじっと耐えた。

 行き交う人がちらちらと俺を遠巻きに見てはそのまま通り過ぎていく。

 もう……このままこの世から消えてしまいたいよ。もうこんな毎日が嫌で嫌で堪らないよ。

 どんどんネガティブな世界に堕ちていってしまう。

 どの位しゃがんでいただろうか、辺りはすっかり暗くなり物騒だ。なんとか立って家に戻らないとと思うが、躰が重く足元がおぼつかない。

 どうしよう、丈……助けてくれ。
 俺は馬鹿だ。本当に馬鹿だった。
 どうしてこんなに怯えていたのか。
 逢いたい人にどうして会ってはいけない?

 今すぐにでも駆け出して、どんなに父に罵られてもいいからテラスハウスに行って丈に会おうと立ち上がった瞬間、今度はもっとひどい眩暈に襲われ、その拍子に躰が斜めになって階段を踏み外してしまった。

 駄目だ! まずい! 落ちてしまう!!


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