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第3章
明けない夜はない 1
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会えないのか。会社で丈に会えないなんて……今、俺は絶望的な気持ちで始業ベルの音を聴いている。
****
今朝いつもより少し早く職場に着き、丈のいる医務室へ行ってみた。ドアをノックすると、丈の助手をしている暁香という女性が出てきた。この女性は苦手だ。以前、車の中で丈とキスしているのを見てしまったし、丈の恋人だったのかもしれないという嫉妬心もあるから。
「あら、朝早くから何か用?」
「あの……張矢先生はいますか」
「今日から張矢先生は当分出社しないわよ。診察?代わりの先生でもいいかしら」
「えっ」
「張矢先生に何か用事でもあったの?」
「いや……いいです」
丈は出社していなかった。テラスハウスで仕事をしているなんて……今すぐ会社を抜け出して逢いに行けたらどんなに良いだろう。
だが、そんな淡い期待もむなしく散っていく。朝から頻繁に父から持たされた携帯にメールが入ってくる。開くのも億劫だが放置も出来ず、そっと開封すると、案の定……俺の写真が添付されていた。
しかもその写真の内容が酷い。
部屋で寝ている写真……昨夜のだ。朝仕度をしている写真は今朝のだ。やはりあの部屋には父が最初に言っていた通り、何処かにカメラが仕掛けられているようだ。
なんてことを……もう帰りたくない。だがそれは許されない。
「洋、いつもより少し早く職場に着いたようだね。何か用事でもあったのか。どうせ張矢 丈の所に行ってみたのだろう。お前も懲りないな。とっくに手はまわしてあるよ。間違えてもテラスハウスに行くなんてしないように。すぐに分かるぞ。あの日の動画を送りつけられたくなかったら余計な真似はするなよ。それより父さんはもう洋に逢いたくなってしまった。お前を早く抱きたいから、また近いうちに帰国するよ」
「なっ!」
どこまでも卑怯な内容だ。近いうちに帰国するだなんて、とんでもない。もう俺は二度と触れられたくないのに。
****
丈に会社で会えなくなって一週間が過ぎた。俺の心は乾いて、体力的にも限界を感じている。なんとか仕事はこなすが、それ以上のことをする気力も抗う気力も起きない。父の言う通りに行動し死んだように眠りにつくだけ。食も進まないので、ほとんど食べていない。もう……ふらふらの状態だ。
「崔加くん、今日は営業外回りお願いできるか」
「……はい」
外回りなら、丈のところへ逢いに行けないだろうか。そんな期待を胸に抱くが、すぐに打ちのめされる。
「崔加くんは私と一緒に行くのだよ」
本部長はニヤリと笑って近づいてくる。
「えっ……はい」
嫌な予感通り、二人で会社の車の後部座席に並んで座ると、本部長はニヤニヤした目つきで俺のことを舐めるように見つめてくる。気色悪いっ!
「君のお父上からきつく言われているから手は出せないが、本当に美しいな、君は」
ぞくっと背筋が凍るようないやらしい視線。さりげなく太腿に置かれた肉厚の手が、車の振動の度に、俺の内側へとじわじわと入り込んでくる。身をよじって抵抗するが、本部長はしらっとしたまま、さりげなく手を這わせだす。
嫌だ!気持ち悪い!
……どうして俺はいつもこうなってしまうのか。
俺の躰は俺のものなのに。
「少しだけなら、いいだろう」
「やめてください……父に言います」
俺も狡い人間になった。こんな時だけ父の権力を利用するなんて。
「ごめんごめん。もうしないから言わないでよ」
ヘラヘラと笑う本部長を殴り倒したくなる。
こんなに無力じゃない!
無力じゃなかったんだ!
あの動画さえこの世の中から消えてくれれば、もっと強気になれる。何故俺はあの日もっと抵抗しなかった? 旅行の後、父にタクシーに乗せられる時、丈に助けを求めればよかったのか。少しの自尊心が邪魔をして、取り返しの付かないことになってしまった。
全ては自分で招いたことだ。丈と会えない日が増すにつれ、俺の心はどんどん荒んでいった。
****
今朝いつもより少し早く職場に着き、丈のいる医務室へ行ってみた。ドアをノックすると、丈の助手をしている暁香という女性が出てきた。この女性は苦手だ。以前、車の中で丈とキスしているのを見てしまったし、丈の恋人だったのかもしれないという嫉妬心もあるから。
「あら、朝早くから何か用?」
「あの……張矢先生はいますか」
「今日から張矢先生は当分出社しないわよ。診察?代わりの先生でもいいかしら」
「えっ」
「張矢先生に何か用事でもあったの?」
「いや……いいです」
丈は出社していなかった。テラスハウスで仕事をしているなんて……今すぐ会社を抜け出して逢いに行けたらどんなに良いだろう。
だが、そんな淡い期待もむなしく散っていく。朝から頻繁に父から持たされた携帯にメールが入ってくる。開くのも億劫だが放置も出来ず、そっと開封すると、案の定……俺の写真が添付されていた。
しかもその写真の内容が酷い。
部屋で寝ている写真……昨夜のだ。朝仕度をしている写真は今朝のだ。やはりあの部屋には父が最初に言っていた通り、何処かにカメラが仕掛けられているようだ。
なんてことを……もう帰りたくない。だがそれは許されない。
「洋、いつもより少し早く職場に着いたようだね。何か用事でもあったのか。どうせ張矢 丈の所に行ってみたのだろう。お前も懲りないな。とっくに手はまわしてあるよ。間違えてもテラスハウスに行くなんてしないように。すぐに分かるぞ。あの日の動画を送りつけられたくなかったら余計な真似はするなよ。それより父さんはもう洋に逢いたくなってしまった。お前を早く抱きたいから、また近いうちに帰国するよ」
「なっ!」
どこまでも卑怯な内容だ。近いうちに帰国するだなんて、とんでもない。もう俺は二度と触れられたくないのに。
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丈に会社で会えなくなって一週間が過ぎた。俺の心は乾いて、体力的にも限界を感じている。なんとか仕事はこなすが、それ以上のことをする気力も抗う気力も起きない。父の言う通りに行動し死んだように眠りにつくだけ。食も進まないので、ほとんど食べていない。もう……ふらふらの状態だ。
「崔加くん、今日は営業外回りお願いできるか」
「……はい」
外回りなら、丈のところへ逢いに行けないだろうか。そんな期待を胸に抱くが、すぐに打ちのめされる。
「崔加くんは私と一緒に行くのだよ」
本部長はニヤリと笑って近づいてくる。
「えっ……はい」
嫌な予感通り、二人で会社の車の後部座席に並んで座ると、本部長はニヤニヤした目つきで俺のことを舐めるように見つめてくる。気色悪いっ!
「君のお父上からきつく言われているから手は出せないが、本当に美しいな、君は」
ぞくっと背筋が凍るようないやらしい視線。さりげなく太腿に置かれた肉厚の手が、車の振動の度に、俺の内側へとじわじわと入り込んでくる。身をよじって抵抗するが、本部長はしらっとしたまま、さりげなく手を這わせだす。
嫌だ!気持ち悪い!
……どうして俺はいつもこうなってしまうのか。
俺の躰は俺のものなのに。
「少しだけなら、いいだろう」
「やめてください……父に言います」
俺も狡い人間になった。こんな時だけ父の権力を利用するなんて。
「ごめんごめん。もうしないから言わないでよ」
ヘラヘラと笑う本部長を殴り倒したくなる。
こんなに無力じゃない!
無力じゃなかったんだ!
あの動画さえこの世の中から消えてくれれば、もっと強気になれる。何故俺はあの日もっと抵抗しなかった? 旅行の後、父にタクシーに乗せられる時、丈に助けを求めればよかったのか。少しの自尊心が邪魔をして、取り返しの付かないことになってしまった。
全ては自分で招いたことだ。丈と会えない日が増すにつれ、俺の心はどんどん荒んでいった。
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