重なる月

志生帆 海

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第3章

君の声 8

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 洋のいないテラスハウスは、がらんとしていて廃墟のようだ。

 エレベーターの中で、絡め取った手。洋の冷えきった手は最初は逃げ惑っていたが、私が包み込むように触れて温めてやると小さく震えていた手は落ち着き、温もりを取り戻しつつあった。

 なのに、その手を振り払い、振り向きもせずにタクシーに乗りこんで行ってしまった。今一体どこに住んでいるのか。

 少し冷静に振り返ってみよう。

 あれはお盆休みに入ってすぐ、旅行に行く前だった。洋のお父さんから国際電話が入ったのは。そういえば夏休みに帰国しないことを怒られていたな。洋は頑なで、まるで親父さんから逃げるように私と旅に出たがった。

 そもそも洋は家族の話をほとんどしなかった。たまに洋の口から漏れたのは、独りで過ごして寂しかったという程度だ。

 病気で中学入ってすぐに亡くなったというお母さんのことは、極まれに瞳を潤ませながら懐かしそうに話していたのに、親父さんとは気まずそうな感じだった。

 何故だろう? 実の父なら母親が亡くなった後、男同士で結束も強まり、あんなふうに嫌がらないのでは。

 洋のことをもっと知りたい。知る術はあるのか。

 あの洋の幼馴染、安志とかいったな。彼なら詳しいことを知っているのか。あぁでも探す術がない、あの日もっと大人な対応をして、せめて連絡先だけでも聞いておけば良かった。確か……警備会社に勤めてると言っていたような。

 とにかく私は洋のことを今まで知らな過ぎたことを、今更ながら後悔している。

 洋の部屋を覗くと、主のいなくなった部屋はどこか寂し気だ。

 ベッドに腰を降ろし寝転んで、洋が気に入っていた大きな天窓を見上げると、チカチカッと遠くで雷が光っていた。今宵は洋の好きな月は雲の中だ。その代り雷が空を灯すように輝いている。ハッとするくらい綺麗な雷光だ。

 洋の匂いが染みついたベッドにうつ伏せになってみる。

 ここでもよく洋を抱いた。

 満月の日。頬を赤らめ、誘ってくる洋が可愛かった。

「丈……今日は俺の部屋に来てくれないか」
「珍しいな。洋から誘うなんて」
「んっ……その……今日は満月で。だからもうっ。何度も言わせるな」

 電気を消すと大きな天窓から月明かり差し込み、そこに浮き上がる洋の男にしては華奢で白い躰を深くきつく抱きしめてやった。

 縋るようにいつも私に抱き付いて来た洋は、今ここにいない。せめて夢でもいいから帰って来てくれないか。私としたことが、そんなことを願うなんて。

 胸元に触れる月輪のネックレスが今日は何故だかとても冷たい。洋の冷え切った心を伝えるかのようだ。

 そのまま眠りに落ちた私は洋の夢を見た。

 夢の中の洋は当たり前のようにテラスハウスにバイクで帰って来て、いつものような他愛もない会話をしてくれた。

 洋が戻ってきてくれたのが嬉しくて無事を確かめたくて、夕食よりも先に洋を抱いた。

 だが洋の服を脱がした時、目に飛び込んで来た事実にはっとした。あの温泉宿で抱き合って沢山つけたはずの私の印。それが全て何者かによって上書きされていた。痛々しいまでに細い躰に無数につけられたのは……犯された痕跡だ。

 洋には何も見えないようで、花のように微笑んで私に素直に躰を開いて抱かれている。その姿に悲しみが込み上げてくる。

 洋の身に何か起きたのではないか。それともこれから何か起きてしまうのかを暗示しているような不安が募る夢だった。

 目が覚めると、腕の中に確かに洋の温もりを感じた。さっきまで本当に私の腕の中にいたのではと思える程で、不思議なことに胸元の月輪が温かくなっていた。

 洋……逢いたい。今すぐ確かめたい。なんとかしなくては。

 明日から出社出来ないなら出来ないで、何か他に方法があるはずだ。

「丈っ」
「丈……」

 私を呼ぶ「君の声」が耳から離れない。

「君の声」了
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