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第3章
君の声 6
しおりを挟むカードキーをタッチし玄関のオートロックを解除し、次はエレベータに乗るのにカードキーをかざす。三十八階と高層階だ。部屋の前でもう一度キーをタッチするとやっと部屋に入れるシステムの……まるで監獄のような俺の家。
「うっ……」
部屋に入った瞬間、籠った空気の中に漂う雄臭い父の匂いを感じてしまって吐き気が込み上げた。
まだ染みついている匂い。
乱れたままのシーツ。
窓のカサついた汚れ。
全てそのままだ。
父との情事の痕跡が強く残る部屋に辟易していると、携帯がけたたましく鳴り響いた。
「洋いい子だね。約束通りまっすぐ帰ってきたね」
えっ……だって……今、父は飛行機の中じゃないのか。これって予約送信なのか。それともこうしている今もなお、俺のことを何処かでじっと見つめているのか。そう思うとぞっとしてくる。
一刻も早くアメリカへ帰ってくれ。
そしてもう二度と戻って来ないで欲しい。
次……次あのようなことになったら……もう生きていられない。俺はもう耐えられない。壊れてしまう。
そういえば、どこかにカメラがあると話していたような気がする。そう考えると落ち着かず、食欲なんて沸かない。ベッドのシーツをめくり洗濯機に放り投げ、窓の汚れを吐き気を堪えながら必死に拭きつづけた。汚れをすべて消せばもとに戻れるわけでもないのに、とにかく父さんの痕跡をすべて消し去りたかった。
独りの夜には慣れていたはずなのに、丈と触れ合ってからずっと独りになるのが怖かった。でもまた俺は独りきりになってしまった。ベッドに横たわると丈のことを嫌でも思い出してしまうよ。
丈……会いたい……会いたいよ、会いたいんだ!
堪えていたものが、溢れ出てくる。
父さんに何処かから見られないように、布団を頭まで被り嗚咽する。
「うっ……っ………うっ……」
明日になったら会えるのか。こんなの耐えられない。涙に濡れた霞む視界の中、枕元に置いた月輪のネックレスが冷たく輝いている。
せめて夢で会いたい。
丈のところへ連れて行って欲しいと、月輪を握りしめ切に願う。
丈に会わせて!
俺に力をくれ!
エレベーターの中で触れてくれた丈の温もりを頼りに、俺は眠りにつく。
****
今回の更新分は『悲しい月』の「赤い髪の女 5」とリンクしているお話しになります。合わせて読んで下さると世界が深まります。今後いよいよ輪廻転生&トリップ色が濃くなってきます。今、洋はとても辛いところですが、必ず救済しますので、どうか……ご辛抱を……
(>人<;)救済後の溺愛まで読んでいただけたら嬉しいです。
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