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第3章
君の声 4
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昼休みに入ってすぐエスカレータで洋とすれ違ったが、よりによって暁香が一緒でその場で声を掛けられなかった。それでもやはり気になって振り返った時は、本部長と話す洋が見えたのでやめておいた。
何かがおかしい。洋の親父さんが帰国した位で、ここまで洋と私の関係がずれていくなんて……明日から出社出来なくなってしまったので、どうしても今日中に洋と話したい。洋のあの顔色の悪さ、表情の暗さ。まるで今すぐ消えてしまいそうな儚さを漂わせていて、心配でしょうがない。
きっと何かあったに違いない。洋のことだから必死に隠そうとしているが私には分かる。洋の悲しみが私の心に呼応してくるようだ。シャツの中に忍ばせている月輪のネックレスが皮膚にあたると、冷たくキリキリと心の痛みが込み上げた。
****
終業のベルが鳴った。会議が終わり一旦戻ってきた医務室は休み明けのせいか閑散としていたので、そっと部屋を抜け出てみた。洋に連絡が取りたい。何となく部署の電話はまずいような気がして、廊下の来客用の電話から洋の席にかけてみることにした。
「……はい。崔加です」
「洋か」
「あっ……」
「どうした? 一体何があった?」
「……」
「今、話せるか?」
「……駄目だ」
「何故だ?」
「ごめん……切るよ」
一体何をそんなに怯えている? 私に話せないことがあるのか。
****
昼休みには丈に会えなかった。終業のベルが鳴ったら、そっと会いにいくつもりだった。諦めないつもりだった。
そんなことを考えていると携帯にメールの着信があった。父からだ。
「洋、今日は定時で家に戻りなさい。張矢 丈とは絶対に会ってはいけないよ。君の行動は全部分かるのだから。あの日の動画を彼に送りつけるなんて簡単なことだよ」
メールにはあのおぞましい行為の最中の動画が貼り付けられていた。思わず目を瞑り慌てて閉じた。
こんなこと、凝視出来ない──
父さん……何故こんなことまで。
俺を息子だと思ったことはなかったのか。少なくとも母が生きている頃は、俺は必死に父さんとして接してきたのに。これが義理とはいえ息子にすることなのか。丈にだけには、この浅ましいことを知られたくない。
知られないためには丈と距離を置かないとならない。
もう絶望的だ。
俺から丈と離れることを告げなくてはならないというわけか。でも丈と離れることを想像するだけで、心が暗闇に突き落とされたように震え出す。
遠い昔の俺。
理不尽に誰かに抱かれ、もがいてもがいて苦しんでいた。
そんな中縋るような思いで見つけた光のような存在があったのが丈の前世の人物だ。
では現代の俺はどうなる?
先に丈を知ってしまっている。
丈しか知らなかったのに、丈が初めての男なのに。
遠い昔の俺のようには、丈に縋れない。
丈を不幸にしたくないんだ。
そんなことを頭の中でぐるぐると考えていると、デスクの電話が鳴った。受付からの番号を表示していたので、来客かと思い応答した。
「……はい崔加です」
通話の先にいるのは、丈だった。
丈の優しい低く響く甘い声。俺はこの声が好きだ。
抱かれる時に耳元で囁いてくれ酔いしれるこの声。
声を聴くだけで涙が込み上げてくる。
だが厳しい視線を感じ辺りを見回すと本部長と目が合った。駄目だ。本部長が父から何を聞かされたのかは分からないが、会社で会うのは絶対に危険だ。悟られないように電話を切らないとならない。いつまでも聴いていたい丈の声なのに、自分から受話器を一方的に置くことしか出来なかった。
何かがおかしい。洋の親父さんが帰国した位で、ここまで洋と私の関係がずれていくなんて……明日から出社出来なくなってしまったので、どうしても今日中に洋と話したい。洋のあの顔色の悪さ、表情の暗さ。まるで今すぐ消えてしまいそうな儚さを漂わせていて、心配でしょうがない。
きっと何かあったに違いない。洋のことだから必死に隠そうとしているが私には分かる。洋の悲しみが私の心に呼応してくるようだ。シャツの中に忍ばせている月輪のネックレスが皮膚にあたると、冷たくキリキリと心の痛みが込み上げた。
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終業のベルが鳴った。会議が終わり一旦戻ってきた医務室は休み明けのせいか閑散としていたので、そっと部屋を抜け出てみた。洋に連絡が取りたい。何となく部署の電話はまずいような気がして、廊下の来客用の電話から洋の席にかけてみることにした。
「……はい。崔加です」
「洋か」
「あっ……」
「どうした? 一体何があった?」
「……」
「今、話せるか?」
「……駄目だ」
「何故だ?」
「ごめん……切るよ」
一体何をそんなに怯えている? 私に話せないことがあるのか。
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昼休みには丈に会えなかった。終業のベルが鳴ったら、そっと会いにいくつもりだった。諦めないつもりだった。
そんなことを考えていると携帯にメールの着信があった。父からだ。
「洋、今日は定時で家に戻りなさい。張矢 丈とは絶対に会ってはいけないよ。君の行動は全部分かるのだから。あの日の動画を彼に送りつけるなんて簡単なことだよ」
メールにはあのおぞましい行為の最中の動画が貼り付けられていた。思わず目を瞑り慌てて閉じた。
こんなこと、凝視出来ない──
父さん……何故こんなことまで。
俺を息子だと思ったことはなかったのか。少なくとも母が生きている頃は、俺は必死に父さんとして接してきたのに。これが義理とはいえ息子にすることなのか。丈にだけには、この浅ましいことを知られたくない。
知られないためには丈と距離を置かないとならない。
もう絶望的だ。
俺から丈と離れることを告げなくてはならないというわけか。でも丈と離れることを想像するだけで、心が暗闇に突き落とされたように震え出す。
遠い昔の俺。
理不尽に誰かに抱かれ、もがいてもがいて苦しんでいた。
そんな中縋るような思いで見つけた光のような存在があったのが丈の前世の人物だ。
では現代の俺はどうなる?
先に丈を知ってしまっている。
丈しか知らなかったのに、丈が初めての男なのに。
遠い昔の俺のようには、丈に縋れない。
丈を不幸にしたくないんだ。
そんなことを頭の中でぐるぐると考えていると、デスクの電話が鳴った。受付からの番号を表示していたので、来客かと思い応答した。
「……はい崔加です」
通話の先にいるのは、丈だった。
丈の優しい低く響く甘い声。俺はこの声が好きだ。
抱かれる時に耳元で囁いてくれ酔いしれるこの声。
声を聴くだけで涙が込み上げてくる。
だが厳しい視線を感じ辺りを見回すと本部長と目が合った。駄目だ。本部長が父から何を聞かされたのかは分からないが、会社で会うのは絶対に危険だ。悟られないように電話を切らないとならない。いつまでも聴いていたい丈の声なのに、自分から受話器を一方的に置くことしか出来なかった。
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