重なる月

志生帆 海

文字の大きさ
上 下
104 / 1,657
第3章

君の声 2

しおりを挟む
「これは崔加さま!帰国されていたのですか」

「やぁ本部長、いつも息子がお世話になっているね」

 猫撫で声で媚びへつらう本部長の様子を見ながら、乾いた笑いが零れた。

 結局俺は会社でも父の支配下だ。

 机に座って目を閉じると思い出す。タクシーから降りてすぐに感じた丈の心配そうな表情。もしかしてさっき俺を待っていてくれたのか。たった2日会ってないだけなのに懐かしく感じたよ。今すぐあの胸に駆け込んで、いつものようにきつく抱いてもらいたい。そんな衝動に駆られたが、それはもう出来ない夢なんだと痛感した。

 誘導するように腰にまわされた父の手。

 その熱に寒気を感じながら、丈の前を通り過ぎた。

 悔しい……どうして俺はこうなってしまったのか。だが……父が帰国したらチャンスがあるかもしれない。

 せめて話をしたい。

 抱いてもらえる躰ではなくなってしまっても、ああやって丈の顔を見てしまうと決心が揺らぐ。

 顔を背けてしまった俺のことを怒っているか。父と一緒の所をどうしても見られたくなかった。

 ──許してくれ。

「洋、これで私は一旦帰国するからな。毎日きちんと連絡するんだぞ。またすぐ帰って来るからな」

「……はい」

 傍から見ればば普通の親子の会話に聴こえるのだろう。本部長と共に会社を出て行く父の後姿を見て、ほっとした。

 よかった。これで今日からは……あの人にもう抱かれなくて済む。

****

「崔加!元気にしてたか? 夏休みどこ行った?」

 隣りの部署の同僚が笑顔で話しかけてくる。

「あっ……ああ」

「俺は海に行って彼女が出来たんだぜ。友達も綺麗どころが揃っているから、お前にも紹介してやろうか」

「それは……良かったな」

「なぁ~飲み会するから今度来いよ」

「いや俺はいいよ。興味ないし」

 同僚は怪訝な顔をした。

「お前って本当に変わっているよな。その綺麗な容姿に惚れる女が山ほどいるのに片っ端から振っていくなんてさ。なぁもしかして女に興味ないのか。ほら、いつもつるんでる医務室の張矢先生と怪しいって噂もあるんだぞ!わははっ」

「なっ!やめろよ。張矢先生は関係ない」

「おいおい冗談だよ。本気になるなよ!」

 冗談でもやめて欲しい。そんな噂が父や上司の耳に入ったらどうなる?背筋の凍る思いがした。ともかく丈がこの部署にくるのはまずい。この部署には父の息がかかった人たちが沢山いるから。俺の方から勇気を出して丈が来る前にそっと会いに行こう。

 始業ベルが鳴ると、またいつもの日常が戻ってきた。

 夏休み前と後とで、こんなにも俺自身の境遇が変わるとは思っていなかった。

しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

帰宅

pAp1Ko
BL
遊んでばかりいた養子の長男と実子の双子の次男たち。 双子を庇い、拐われた長男のその後のおはなし。 書きたいところだけ書いた。作者が読みたいだけです。

悩める文官のひとりごと

きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。 そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。 エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。 ムーンライト様にも掲載しております。 

番?呪いの別名でしょうか?私には不要ですわ

紅子
恋愛
私は充分に幸せだったの。私はあなたの幸せをずっと祈っていたのに、あなたは幸せではなかったというの?もしそうだとしても、あなたと私の縁は、あのとき終わっているのよ。あなたのエゴにいつまで私を縛り付けるつもりですか? 何の因果か私は10歳~のときを何度も何度も繰り返す。いつ終わるとも知れない死に戻りの中で、あなたへの想いは消えてなくなった。あなたとの出会いは最早恐怖でしかない。終わらない生に疲れ果てた私を救ってくれたのは、あの時、私を救ってくれたあの人だった。 12話完結済み。毎日00:00に更新予定です。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

「恋みたい」

悠里
BL
親友の二人が、相手の事が好きすぎるまま、父の転勤で離れて。 離れても親友のまま、連絡をとりあって、一年。 恋みたい、と気付くのは……? 桜の雰囲気とともにお楽しみ頂けたら🌸

僕は君になりたかった

15
BL
僕はあの人が好きな君に、なりたかった。 一応完結済み。 根暗な子がもだもだしてるだけです。

処理中です...