重なる月

志生帆 海

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第3章

道は閉ざされた 8

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 どこまでも深く暗いため息しか出てこない。父が出かけた後、無機質な部屋に一人残されると、世界に俺しかいないような孤独感に苛まれる。

 丈と暮らしたテラスハウスには大きな天窓があって、夜には月がよく見えた。月は満ちたり欠けたり、日によって大きさも違うがそんな変化も楽しめた。

 俺が欠けているときは丈が俺を抱きしめてくれ、俺が満ちている時は丈を抱きしめた。

 俺達は二人で一つの存在のようにしっくりしていた。

 だが今は……欠けたままだ。そしてこの先も永遠にもう丈に抱きしめてもらうことは望めない。

 ー父に抱かれた息子ー

 消せない過去が襲い掛かる。

****

 父から渡されたスマホのボタンを恐る恐る押してみる。丈の番号なら覚えている。あたりまえじゃないか!何度も何度もかけたから……心臓が止まる思いで発信ボタンを押すと、途端に現れた表示に打ちのめされた。

 ーこの電話番号への通話は禁止されていますー

 はっ!どこまでも仕組まれている。これでは家の電話も無理だろう。会社でなら会えるか。まさか丈の仕事まで奪ってないよな。俺のせいで丈に迷惑がかかるのだけは絶対に嫌だ。

 ポケットにそっと忍ばせた月輪のネックレスを撫でる。

 投げられた衝撃で角が欠けてしまったネックレスは革紐も引きちぎられ、無残な姿はまるで今の俺のようだ。

 ポツンと寂しい笑顔だけが、月輪のネックレスへと向けられ零れ落ちていく。

****

「洋戻ったよ。やれやれ久しぶりに帰国すると仕事が山積みだ。早くお前とゆっくりしたいのに、ほら父に挨拶をしなさい」

「……お帰りなさい……父さん」

「この部屋は気に入ったか」

「……はい」

「夜景が窓から綺麗だろう。さぁおいで」

 父はぼんやりとソファに腰かけていた俺を立たすと、ぐいっと窓に押しつけてきた。

「なっ何?」

「一緒に夜景を見ようと思ってな」

 父の手が真っすぐ俺のシャツの襟もとに伸びてくると、嫌悪感と恐怖が駆け上る。

「やだっ!もう……俺に触れないで……お願いだから」

「はぁ?洋お前は何を言ってるんだ。お前と私はこれからなのに。さぁいうことを聞きなさい」

「うっ」

 ボタンが一つまた一つと外される。

 あれは異国に旅行した時だ、丈がホテルの窓際で俺を抱いたのは。

 あの日のことを思い出してしまう。丈の優しい手、温かい口づけ。逞しい肩。

 違う……今俺の肌を撫でるように執拗に動くのは、厚ぼったい手だ。丈じゃない。

 父からの荒い息遣いの口づけを受けながら、丈のことを思い出す躰が憎い。

 もう、まともに受け止められないよ。

 このような行為!

 あの日は窓の外に大きな月が浮かんでいた。

 月が見ていると恥ずかしがった俺。

 あんな恥じらい、もう二度とないだろう。育ての親に股を開いたのだから。

 もう何も感じない。

 躰が感じない。

 今宵はあの美しい月はいない。

 暗黒の闇夜が広がるのみだ!

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