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第3章
星降る宿 6
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「洋、蕎麦にするか」
「あぁいいね」
温泉街で蕎麦屋に入った途端、キラキラと目を輝かすのだから可愛いものだ。洋は自分で作るのは全く駄目だが、食べるのは大好きだった。
「丈は何にする?」
「洋の好きなものを食べるよ」
しかし案の定、優柔不断でなかなか決められない。
「まだ決まらないのか」
「うん……」
洋が遠い目をして彼方を見つめる。
「どうした?」
「んっ遠い過去の俺はさ、きっと一人で何もかも決めなくてはいけなかったのだろうな。頼る人もいなくて、そんな時、前世の丈と出逢ったのかもしれないなと思って」
「どうして急にそんなこと思う?」
「なんとなくふっとそういう気持ちが過ったんだ」
「そうなのか」
「あの過去の話だが……一体どこの誰だったのか細かいことは分からないが、俺はこれ以上……知りたくない。でも昔の俺が望んでいたことだけは、こういうふとした瞬間に思い出すから、不思議だ」
「……そうか。では私が決めるよ。天ぷら蕎麦定食でいいか」
「あぁそうしよう」
運ばれてきた定食は、揚げたての天ぷらのいい香りが漂う。口に含めばサクサクの食感。エビも野菜もどれも美味だ。蕎麦ものど越しが良く美味しい。
「美味しいね」
にっこりと微笑む洋の様子に、こういう何でもないひと時が幸せで貴重だと感じる。
だが遠い昔の洋が避けたがる過去が気になってしまう。どうして私は洋と別れることになったのか。遠い昔私は洋を置いて一人去ったのか。洋と別れたのか。それとも、まさか……。
もしも今後私の人生でそのようなことを繰り返すことになったらと思うと不安になる。それが避けられるのなら、避ける方法が知りたい。だからこそ洋が隠す思い出せない昔の過去を、明らかにしたいという気持ちが日に日に強くなっている。
私は洋と二度と悲しい別れをしたくないから。
「丈、何を考えている?暗い表情だな」
「……何でもないよ」
「天ぷら蕎麦食べないの?冷めるぞ」
「食べるさ」
「ふふっ、会社も休みで俺は丈と旅行に来られて幸せだよ。ありがとう」
本当にのんびりとしたひと時だ。最近は洋の顔も以前と比べてずっと明るく健康的になってきていて、ほっとする。私は医者だから大切な人の健康状態や精神状態がつい気になってしまうのは悪い癖だ。
「なぁ丈はどうして医者になった?」
突然洋が聞いてくる。
「医者か……私は幼い頃よく父と海外へ旅行したんだよ。二人で」
「へぇ可愛がってもらったんだね」
「そうだな。他に兄が二人もいるのに末っ子だったからか、当時商社マンだった父に連れられてよく遠い国へ旅したものだ」
「いいね。そういうの」
「ある時、船の中で四十度近い高熱を出してしまって、父もオロオロして大変だった」
「えっ!それで船の中で、医者はいたの?」
「あぁ、偶然乗り合わせていた赤い髪の女性だった。名乗り出て診てくれて、本当に救われた。あの赤い髪の女性はまだ若いのに自分の判断を信じ、的確に処置してくれたんだ。おかげで助かったよ。彼女の持っていた瓶に入った薬がよく効いて、父も私も感謝の気持ちでいっぱいになった」
「ふーん、そう……女性か」
洋が途端に不機嫌になる。
「洋、どうした?」
「あっなんでもない」
「くくっ、もしかして妬いたのか?」
「そっそんなことしない。相手は丈の命の恩人の医師だろ!」
いつもの洋らしく顔を赤らめて横を向く姿が見られて、思わず笑ってしまう。
「洋はいつも本当に可愛いな」
「またっすぐに可愛い可愛いって連呼するな!それ嫌だっ!」
「あぁいいね」
温泉街で蕎麦屋に入った途端、キラキラと目を輝かすのだから可愛いものだ。洋は自分で作るのは全く駄目だが、食べるのは大好きだった。
「丈は何にする?」
「洋の好きなものを食べるよ」
しかし案の定、優柔不断でなかなか決められない。
「まだ決まらないのか」
「うん……」
洋が遠い目をして彼方を見つめる。
「どうした?」
「んっ遠い過去の俺はさ、きっと一人で何もかも決めなくてはいけなかったのだろうな。頼る人もいなくて、そんな時、前世の丈と出逢ったのかもしれないなと思って」
「どうして急にそんなこと思う?」
「なんとなくふっとそういう気持ちが過ったんだ」
「そうなのか」
「あの過去の話だが……一体どこの誰だったのか細かいことは分からないが、俺はこれ以上……知りたくない。でも昔の俺が望んでいたことだけは、こういうふとした瞬間に思い出すから、不思議だ」
「……そうか。では私が決めるよ。天ぷら蕎麦定食でいいか」
「あぁそうしよう」
運ばれてきた定食は、揚げたての天ぷらのいい香りが漂う。口に含めばサクサクの食感。エビも野菜もどれも美味だ。蕎麦ものど越しが良く美味しい。
「美味しいね」
にっこりと微笑む洋の様子に、こういう何でもないひと時が幸せで貴重だと感じる。
だが遠い昔の洋が避けたがる過去が気になってしまう。どうして私は洋と別れることになったのか。遠い昔私は洋を置いて一人去ったのか。洋と別れたのか。それとも、まさか……。
もしも今後私の人生でそのようなことを繰り返すことになったらと思うと不安になる。それが避けられるのなら、避ける方法が知りたい。だからこそ洋が隠す思い出せない昔の過去を、明らかにしたいという気持ちが日に日に強くなっている。
私は洋と二度と悲しい別れをしたくないから。
「丈、何を考えている?暗い表情だな」
「……何でもないよ」
「天ぷら蕎麦食べないの?冷めるぞ」
「食べるさ」
「ふふっ、会社も休みで俺は丈と旅行に来られて幸せだよ。ありがとう」
本当にのんびりとしたひと時だ。最近は洋の顔も以前と比べてずっと明るく健康的になってきていて、ほっとする。私は医者だから大切な人の健康状態や精神状態がつい気になってしまうのは悪い癖だ。
「なぁ丈はどうして医者になった?」
突然洋が聞いてくる。
「医者か……私は幼い頃よく父と海外へ旅行したんだよ。二人で」
「へぇ可愛がってもらったんだね」
「そうだな。他に兄が二人もいるのに末っ子だったからか、当時商社マンだった父に連れられてよく遠い国へ旅したものだ」
「いいね。そういうの」
「ある時、船の中で四十度近い高熱を出してしまって、父もオロオロして大変だった」
「えっ!それで船の中で、医者はいたの?」
「あぁ、偶然乗り合わせていた赤い髪の女性だった。名乗り出て診てくれて、本当に救われた。あの赤い髪の女性はまだ若いのに自分の判断を信じ、的確に処置してくれたんだ。おかげで助かったよ。彼女の持っていた瓶に入った薬がよく効いて、父も私も感謝の気持ちでいっぱいになった」
「ふーん、そう……女性か」
洋が途端に不機嫌になる。
「洋、どうした?」
「あっなんでもない」
「くくっ、もしかして妬いたのか?」
「そっそんなことしない。相手は丈の命の恩人の医師だろ!」
いつもの洋らしく顔を赤らめて横を向く姿が見られて、思わず笑ってしまう。
「洋はいつも本当に可愛いな」
「またっすぐに可愛い可愛いって連呼するな!それ嫌だっ!」
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