重なる月

志生帆 海

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第3章

星降る宿 5

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 洋の浴衣をきちんと整えてやり再び温泉街へと戻って行くと、お昼時のせいか親子連れやカップルなどで辺りは賑わい、楽しそうな雰囲気で満ちていた。二人でのんびりと歩くと、洋は少し羨ましそうな眩しそうな目をして、親子連れの幸せそうな様子を眺めていた。

「洋も小さい頃、こうやって家族旅行に来たのか」
「懐かしいな。母が生きていた頃は……良かった」
「そうだったのか。お母さん、亡くなっていたのか。男親だけじゃ大変だったな」
「……」

 そうだったのか。私はまだ洋のことを何も知らないと思った。もっともっと知りたい。洋が今までどうやって生きて来たのか教えて欲しい。だが途端に洋の雰囲気が暗くなり、それ以上は話したくなさそうなので、今はやめておこう。

「そろそろ行くか」
「んっ……」

 宿へ戻る道すがら洋は、浮かない顔をしていた。

「今度はどうした?」
「……丈は怒っていないか」
「何を?」
「うん……さっき俺が嫌がったこと」
「馬鹿だな。何でそんなことを気にする?」
「俺は、その……外で肌を見せるのがすごく苦手で。学生の頃は水泳の授業なんて本当に辛かったから」

 忌々しく遠くを見つめながら呟く洋を見ていると、過去に受けてきた境遇の察しがつく。

 出逢った頃の洋を思い出してしまった。何かを常に異常に警戒して怯え、美しい顔とは裏腹にいつも悲しげな眼ををしていた。今でもたまに見せるあの切なげな表情。過去に受けてきた仕打ちは想像できていたが、本人の口から聞くのは初めてだ。

 やはり、そうだったのだな。数多くの好色な目に耐えて生きてきたのだろう。

「洋すまない。私こそ、つい外で……悪かったよ。洋がそんなに嫌だと思わなくて」
「いや……いいんだ。俺も丈に触れられるのは、その……」
「ん?」
「その、……嫌じゃないっ」

 言った本人が真っ赤になって顔を逸らし、スタスタと歩いて行ってしまう。

「洋!待てよ」

 数歩先からくるりと振り返った洋は、少しいたずらっ気に微笑んでいた。

「ふふっ暑いと思っていたけど、木陰はひんやりしているんだな。ちょっと冷えたね」

 立ち止まった洋に追いつくと、私はそっと手を繋いでやる。洋のほっそりとした長い指の間に手を絡ませてやる。キュッと握ればキュッと返してくれる。そんな些細なことに胸がぽかぽかするのは、思春期の少年のようで恥ずかしいものだ。洋といると少年のような心になってしまう自分に思わず笑みが零れていく。

 また二人はゆっくりと歩き出した。


「洋のことを布団の中で暖めてやろうか、それともまた露天風呂で暖めてやろうか」
「馬鹿!丈はそればかりだ。俺はまずはプールに行く!」
「はははっ。そうだな。せっかく水着を買ったし行こう」
「でも……その間に昼食がいいな。お腹空いたし」
「洋を食べれば、私は腹が膨れるが」
「おいっ!もういい加減にしろ!」
「ふっ」

 私たちは立ち止まってはお互いを確認し合い、二人で少しずつ歩み出したばかりだ。


「洋、この旅行では楽しい思い出を作ろう」
「そうだね。丈と二人なら……俺は幸せだ」


 温泉街の昼下がり。
 
 ふたりの影は濃く重なり、どこまでも楽しそうに揺れていた。

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