重なる月

志生帆 海

文字の大きさ
上 下
86 / 1,657
第3章

星降る宿 5

しおりを挟む
 洋の浴衣をきちんと整えてやり再び温泉街へと戻って行くと、お昼時のせいか親子連れやカップルなどで辺りは賑わい、楽しそうな雰囲気で満ちていた。二人でのんびりと歩くと、洋は少し羨ましそうな眩しそうな目をして、親子連れの幸せそうな様子を眺めていた。

「洋も小さい頃、こうやって家族旅行に来たのか」
「懐かしいな。母が生きていた頃は……良かった」
「そうだったのか。お母さん、亡くなっていたのか。男親だけじゃ大変だったな」
「……」

 そうだったのか。私はまだ洋のことを何も知らないと思った。もっともっと知りたい。洋が今までどうやって生きて来たのか教えて欲しい。だが途端に洋の雰囲気が暗くなり、それ以上は話したくなさそうなので、今はやめておこう。

「そろそろ行くか」
「んっ……」

 宿へ戻る道すがら洋は、浮かない顔をしていた。

「今度はどうした?」
「……丈は怒っていないか」
「何を?」
「うん……さっき俺が嫌がったこと」
「馬鹿だな。何でそんなことを気にする?」
「俺は、その……外で肌を見せるのがすごく苦手で。学生の頃は水泳の授業なんて本当に辛かったから」

 忌々しく遠くを見つめながら呟く洋を見ていると、過去に受けてきた境遇の察しがつく。

 出逢った頃の洋を思い出してしまった。何かを常に異常に警戒して怯え、美しい顔とは裏腹にいつも悲しげな眼ををしていた。今でもたまに見せるあの切なげな表情。過去に受けてきた仕打ちは想像できていたが、本人の口から聞くのは初めてだ。

 やはり、そうだったのだな。数多くの好色な目に耐えて生きてきたのだろう。

「洋すまない。私こそ、つい外で……悪かったよ。洋がそんなに嫌だと思わなくて」
「いや……いいんだ。俺も丈に触れられるのは、その……」
「ん?」
「その、……嫌じゃないっ」

 言った本人が真っ赤になって顔を逸らし、スタスタと歩いて行ってしまう。

「洋!待てよ」

 数歩先からくるりと振り返った洋は、少しいたずらっ気に微笑んでいた。

「ふふっ暑いと思っていたけど、木陰はひんやりしているんだな。ちょっと冷えたね」

 立ち止まった洋に追いつくと、私はそっと手を繋いでやる。洋のほっそりとした長い指の間に手を絡ませてやる。キュッと握ればキュッと返してくれる。そんな些細なことに胸がぽかぽかするのは、思春期の少年のようで恥ずかしいものだ。洋といると少年のような心になってしまう自分に思わず笑みが零れていく。

 また二人はゆっくりと歩き出した。


「洋のことを布団の中で暖めてやろうか、それともまた露天風呂で暖めてやろうか」
「馬鹿!丈はそればかりだ。俺はまずはプールに行く!」
「はははっ。そうだな。せっかく水着を買ったし行こう」
「でも……その間に昼食がいいな。お腹空いたし」
「洋を食べれば、私は腹が膨れるが」
「おいっ!もういい加減にしろ!」
「ふっ」

 私たちは立ち止まってはお互いを確認し合い、二人で少しずつ歩み出したばかりだ。


「洋、この旅行では楽しい思い出を作ろう」
「そうだね。丈と二人なら……俺は幸せだ」


 温泉街の昼下がり。
 
 ふたりの影は濃く重なり、どこまでも楽しそうに揺れていた。

しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

忘れ物

うりぼう
BL
記憶喪失もの 事故で記憶を失った真樹。 恋人である律は一番傍にいながらも自分が恋人だと言い出せない。 そんな中、真樹が昔から好きだった女性と付き合い始め…… というお話です。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

帰宅

pAp1Ko
BL
遊んでばかりいた養子の長男と実子の双子の次男たち。 双子を庇い、拐われた長男のその後のおはなし。 書きたいところだけ書いた。作者が読みたいだけです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

合鍵

茉莉花 香乃
BL
高校から好きだった太一に告白されて恋人になった。鍵も渡されたけれど、僕は見てしまった。太一の部屋から出て行く女の人を…… 他サイトにも公開しています

悩める文官のひとりごと

きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。 そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。 エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。 ムーンライト様にも掲載しております。 

処理中です...