重なる月

志生帆 海

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第2章

月輪の約束 1

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 あれから季節は巡り、もう七月になっていた。四月から始まったテラスハウスでの共同生活も相変わらず順調だ。洋と私の関係は、何も変わらない。静かに穏やかに上手くいっている。

 週末になると私は洋を胸に抱き、平日は帰宅の遅い洋のために夕食を作ってやり、ソファで音楽を聴きながら一日にあった話などをゆったりとして、共に手を繋ぎ眠りにつく。そんな穏やかな二人だけの時間が愛おしい。

 時計を見ると二十一時。そろそろか、耳を澄ませば、バイクの音が遠くから近づいてくる。

 洋が帰ってくるな。

 バイクの音が停止し、しばらくすると洋の爽やかな軽やかな声が玄関から聞こえてくる。

「ただいま!丈、遅くなってごめん」
「お帰り」
「今日は何?お腹空いたよ」
「洋もだいぶ食べるようになって、太ってきたな」
「太ってなんてない!」

 途端に顔を赤らめて怒り出す。すぐに顔を赤くして照れるのが洋の可愛い所だ。最初はツンと澄ましていたのに、最近は私の前でだけ表情を緩めてくれるようになった。コロコロと変化する洋の愛らしい表情に思わず笑みが漏れる。

「そうか。最近なんだか抱き心地がいいが……」
「なっ!何を言うんだよ!お前って奴は……帰ってくるなり」

 こんなに躰を重ねているのに、洋は今だにそういうことをストレートに言われると恥ずかしいようだ。

「あぁ抱いていると特に腰回りの肉付きが良くなったよ、初めて会った頃はガリガリだったのにな」
「こ……腰?」
「あぁ丸みを帯びてきたな」
「!!」

 追い打ちをかけるように付足すと、いよいよ真っ赤になって部屋に急いで消えていった。洋はどんなに抱いても、その品の良さを崩すことはなく、いつも可愛いままだ。

 もちろん太ったなんて真っ赤な嘘で、相変わらずほっそりとした躰つきのままで、ベッドの中で裸で横たわる洋のその姿だけで、私はいつも欲情しているのだが。

 しばらく経っても戻ってこないのでドアの前から声をかけてやる。


「洋、食べないのか」
「……」
「そうか、せっかく作ったのに……残念だよ」
「……」

 一度拗ねるとなかなか機嫌を直せないのも変わらない。

「洋、いい話があるんだか、聴きたくないか」
「……」

 今頃部屋でどうしようと悩んでいるはずだな。

「来週学会があって急に出張で海外へ行くことになったよ」
「……それで?」
「金曜日に仕事が終わるから、洋も一緒に行かないか」
「えっ!?」

 ガチャ──

 我慢できなくなったのか部屋から洋が勢いよく出てきた。

「いいのか」
「あぁもちろんだ。洋は仕事が終わったら夜の便で来るといい」
「丈と旅行か!いいね。ちょうど夏休みを取りたかったよ」

 途端に花が咲いたように微笑む洋を見ていると、誘ってみてよかったと思う。

「それで、どこへ行くのか」

 少し興奮気味に話す洋が、いつもよりあどけなく幼く見えて可愛かった。


****

 本日『月夜の湖(改訂版)』の転載もスタートしました。
 『重なる月』『悲しい月』『月夜の湖』の三部作で一つのお話になっていきます。どうぞよろしくお願いいたします。


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