重なる月

志生帆 海

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第2章

嫉妬するなんて 1

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「遅いな…」

 朝からずっとテラスハウスで仕事に没頭していたようで、気が付くと外はすっかり暗くなっていた。手を上にあげて伸びをしながらリビングの時計を見ると、もう二十一時を回っていた。

 今日は週末だし、この前選んだワインを一緒に飲もうと約束していたのに……やれやれ今日に限って洋は残業か。
疲れて帰ってくるだろうと、遅い夕食を作り、風呂の掃除もしてやる。だが仕度を終わらせても洋は帰宅していなかった。スマホをチェックしてみるが、何も連絡は入っていない。メールも来ていない。着信履歴もない。

 こんなこと珍しいな。

 最近の洋は律儀に連絡をくれるのに、今日に限って何故何も寄こさない?今日は明け方雨がひどくて電車で行ったから……終電までに戻らないと。

 まさかまた何かあったのでは……一抹の不安が過る。

 洋はあまりに美しい顔に憂いのある雰囲気のせいで、変な奴に絡まれることが多い。実際私と深い関係になってからも少し目を離すと、執拗な視線を送られて困っていることが多々あった。

 時計を見ると二十三時、あれからもうニ時間も経ったのか。家の中で洋の帰宅をイライラと待っている自分が滑稽にさえ思えてくる。

 電話をしてみようか。だがこんなことでいちいち電話をするなんてと、変なプライドが邪魔して素直になれない。

 洋は女のように綺麗だが、女ではない。だから女のように大切に扱われすぎるのを嫌がるから躊躇してしまう。少し帰りが遅い位で、電話するなんて。だが、じりじりと胸に迫る不安が拭いきれず、これ以上ここで待てなくなってしまった。とうとう痺れを切らして、駅まで迎えに行くことにした。

 テラスハウスから駅までは歩いて十分程だが、住宅街のため夜道は思ったより暗い。洋をこの夜道を一人で歩かせるのは危険だな。頭の中で、そんなことを考えている心配性な自分に何故か笑いが込み上げてくる。

 私はこんな人間だったか──

 いつも研究に没頭していて、他人に興味なんて湧かなかったのに、たまに言い寄ってくる女を抱くのも、どこか無機質な気持ちで臨んでいた。

 洋と関係を深めてから、私が探していた求めていたものを掴んだような、そんな懐かしい気持ちになるのは何故だろう。遠い遠い昔にこんな気持ちを抱いたような気がする。あの時胸に抱いた人は深く傷ついていた。そんな記憶があるのは何故だろう。

 ふっ本当に馬鹿だ。私はこんなにも洋に溺れている。
 洋が私の手元にいないと不安にすらなってくる。

 若く美しい洋は男からも女からも引手あまただから、心配になってくる。

 また、どこかへ行ってしまうのではないか。
 何か嫌なことに巻き込まれないか。


****

「おい人事部の崔加 洋って知ってるか」
「見た見た!えらく綺麗だよな」

「そうそう男にしとくの勿体ないよな」
「男でも彼なら抱けそう~!」

「お前何言ってんだよ?そんな趣味あったか」
「いや待てよ、確かに彼ならいいかもな」

「あの唇……あの細い腰、抱きしめてみたいなぁ」
「飲み会で酔わしてとかどうだ?」

「お前それ犯罪!」
「だよなぁ~ははっ」

「お前興奮しすぎ!」

****

 会社の同僚たちが洋の噂をいやらしくする度にイラつくし、やたら同僚に触られたりちょっかいを出されている洋の姿を見るのもイラつく。

 この私が……三十歳を目前にして、まだ餓鬼のように、こんなことで嫉妬するなんてな。

 洋、早く帰って来い。
 あまり心配させるな。

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