重なる月

志生帆 海

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第2章

虹の彼方 2

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 宿から少し歩くと海岸に出た。磯の香りが風にのって届き、キラキラと輝く海はとても穏やかな波を立てていた。

「海か……綺麗だな」
「本当だ。アメリカの海岸を思い出すよ」

 洋が四月に入社して一か月。洋と出会ってからまだ一か月足らずなのか。

 まだ春の香りが漂う海には私達以外誰もいなく、とても静かで、穏やかな春風が舞い、波の音が優しいBGMのようだった。

「洋、手を繋ごう」
「えっ!でも誰かに見られたら」
「ふっ……誰もいないよ。さぁ」

 キョロキョロとあたりを見渡してから洋がおずおずと手を出すので、キュッと握りしめてやる。男にしては細い関節の指が綺麗で、つい握りしめたくなる。

 襟の詰まったシャツを着てトレンチコートの襟を立てた洋と、そっと手をつないで海岸線を歩き続けた。

 あてもなくただ二人寄り添って歩く。 
 今はこれでいい。

 どこへ流れつくか分からない関係が始まったばかりだから。

 今はただ二人で過ごす時間だけを見つめていたい。


 ふと見上げると春霞の海の青空の向こうに美しい虹がかかっていた。洋もすぐに気が付いたようで、屈託のない笑顔でうっとりと見上げていた。

「丈! 空を見て! 虹が出ているよ。春の虹って、儚く消えてしまうものだが、こんな虹を遠い昔……見たような気がするよ。とても大切な誰かと……」

「おい? それって誰とだ? 私とじゃないよな?」

「ふふっ! さぁね。違うかもね。丈、もしかして妬いている? 意外とやきもち焼きなんだな。明日からは仕事だろ。覚悟しておけよ!」

 思わず妬いてしまった私を置いて、無邪気に笑いながら、洋は繋いだ手を離して駆け出した。

 まるで子供のように嬉しそうに波打ち際まで。

「あっ……」

 洋の背中には、やはり羽があるように見えて、思わず目を擦ってしまった。

 最近、洋はよく笑うようになった。 屈託のない素直な笑顔を見せてくれるようになった。

 私があの日洋を抱いてから、本来の洋が少しづつ顔を出している気がする。そんな洋と過ごす毎日が愛おしい。

 さてと……旅ももう終わる。明日からは仕事だ。

 この旅行の間、朝も昼も夜も1日中私の腕の中でだけ見せてくれた洋の様々な表情を思い出す。



 潤んだ瞳。
 上気して桜色に染まる頬。
 荒い息遣い。
 悶える艶めいた声。


 私だけの洋はしばらく休みか。
 明日からは、また洋の一挙一動が気になる日々だ。

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