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第1章
雨に濡れて 7
しおりを挟む「洋、今日は雨が酷くなってきた。バイクは置いて私の車で帰らないか」
社内で慌ただしく明日の会議の資料をまとめていると、丈からのメールが届いた。窓の外を見ると、雨は朝より確かに大降りになっている。
「いいよ雨くらいで。大丈夫だ」
すぐにそう返信した。ったく!丈の奴は過保護過ぎだ。しかし会社を出る時には雨は嵐のように土砂降りで、即座に断ったことを少々後悔した。
エントランスの前で、空から勢いよく降りつける雨をぼんやりと眺めていると、丈の車が緩やかなカーブを描きながら、ゆっくりと車庫から上がって来た。
「あっ……丈っ」
だが俺に気づくことなく、車はそのまま素通りしてしまった。なんだよ。さっきは一緒に帰ろうなんて言っていたくせに、あっさりしているな。それにはっきり見えなかったが助手席に誰か乗せていたような気がした。
はぁっとため息をついた後、意を決してバイクに跨り、土砂降りの雨の中に走り出した。
****
思い切って誘ったメールに、即答で断ってきた洋。少しだけ寂しく思いそのメールを消去した途端、後ろから声をかけられた。
「ドクター丈! 雨がひどいから送って頂戴!」
高飛車な言い方をするのは、同じ部署で私の助手をしている暁香だ。赤い口をすぼめながら、甘えてくる。美人で気が強く、火のような情熱を持った女だが、躰の相性は悪くなかった。恋人ではないが、何度も関係を持った仲だ。
私は洋に速攻で断られた腹いせに、彼女を助手席に乗せて会社を出た。
「丈、久しぶりにあなたの家に行きたいわ。ねぇいいでしょう?」
「えっ!?」
思わず声が上ずる。確かにあのテラスハウスで、暁香を何度も抱いた。しなやかな肢体、落ち着いた大人の女の色香漂う妖艶さ、確かにいい躰だった。だが、今は洋が同居しているのに。参ったな。どうしたものか。
「ねぇ~いいでしょ。それともなにかやましいことでもあるの?」
「いや……そういうわけではない」
車をテラスハウスの前に停車して、暁香を家に入れるかどうか迷っていると、突然唇を奪われる。
「おい?」
「どうしたの?最近のあなた少し変よ?」
「私が変?」
「心ここにあらずって感じで……どうしたの?不感症になってしまった?クスっ」
煽るような言い方にムッと来た私は、暁香の後頭部に手を回し強引に口づけをする。
「あぁ……んっ……はっ」
暁香の艶めいた息が上がってくると、どうにも男の性なのか、昂ぶるものを止められず、次第に深い口づけをお互い求めあっていく。
夢中でキスをしていると、突然バイクの眩しい光が近づいてきた。横目で光の方をみると、頭から足までずぶ濡れの洋が、唖然とした表情で私の方を見ていた。
「あっ!」
その洋の悲し気な表情に、しまったという気持ちが込み上げてきた。
洋、待て!心の中でそう叫び、暁香を押しのけて慌てて車から降りようとすると、暁香に思いっきり股間を掴まれた。
「痛っ!何するんだ!」
「だってあなた余所見するんですもの。ねぇ私とまらない。このまま抱いて。ここでいいから」
耳元で甘くささやき私の手を掴み、自らの胸の温かい膨らみにあて誘って来た。
「おいよせ。こんな所で」
私の脳裏には、先ほど見た洋の捨て猫のような悲しげな表情が浮かんで苦しくなる。
一方で暁香は躰をこすりつけ誘ってくる。板挟み状態だ。
ガシャン!
テラスハウスのドアが大きな音を立て乱暴に閉められた。その音がぐさりと私の胸に突き刺さった。
それは洋の悲痛な叫び声のようだったから……
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