重なる月

志生帆 海

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第1章

雨に濡れて 6

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 少しずつ確実に洋との距離が近づいている。私は洋を怯えさせないように最大限の注意を払い接している。 さりげなくスキンシップを自然に増やし、男への恐怖感をなくして欲しいと願っているから。

 今日は帰宅した洋に料理を手伝ってもらったら、お坊ちゃん育ちなのかたどたどしい仕草が可愛くて、ついからかいたくなってしまった。 キッチンが狭いのをいいことに洋を抱きしめるかのごとく背後に回り、ヘラを持つ男にしては華奢な右手の甲に、私の手を添えて炒め方を教えてやった。

 私より背が10cmほど低い洋の背後に立つと、まるで抱きしめているような錯覚に陥り、背後から見下ろすと、長めの黒髪から見え隠れする白くほっそりとしたうなじにそっと口づけしてみたいという衝動に駆られてしまった。

 その気持ちを必死に押し隠していると、あろうことに私のものが硬さを持ちつつあることに気が付き、慌ててさりげなくその場を離れた。 

 ポーカーフェイスなら得意だ。医師だしな。

 洋も意識してしまったのか、耳まで真っ赤にして押し黙っている。 ここで初めて出逢った時は、肩に触れるだけで叩かれ、ろくに顔も見せてくれなかったのだから、ずいぶん進歩したものだ。 

 近い将来……私がこの穢れなき天使のような男の羽をもいでも許されるのだろうか。抱いても許される日が来るのだろうか。まだ時は熟してないが、私の我慢にも限界はある。 

 そもそも散々女を抱いてきた私が、男を抱きたくなる日が来るなんて思いもしなかった。 

 洋を見ていると放っておけなくない。極端なほど植えつけられてしまった男への恐怖心を私の手で取り去ってやりたい。 胸に抱き包み込み、安心させてやりたい。洋の日常に安らぎを与えてやりたい。 

 これは彼への治療だ。そんな風に自分を自分で納得させてみるが、しっくり来ない。 

 私の本能がただただ、洋を求めてしまっている。はぁ……まさか同居人の男相手に、こんな感情を抱くことになろうとは思っていなかった。

  一体どうしたんだ。私は? もっと触れたい。そればかりが頭の中を駆け巡る。 

 キッチンの片隅で邪な感情に押しつぶされそうになり、ため息を漏らすしかなかった。

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