重なる月

志生帆 海

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第1章

はじまり 5

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「見て~丈先生の車よ!出社日だったのね!」
「はぁ~先生今日も素敵!」
「ちょっと、ちょっと!助手席に誰か乗ってる?」
「え?今まで朝から同伴なんてなかったのに~」
「ずるい!誰よ。駐車場に見に行こう!」


****

 結局道端で気を失ってしまった彼を助手席にもたれさせて、そのまま会社に到着した。

 地下駐車場からどうやって彼を運ぼうか迷ったが、女にするように横に抱えあげた。ほっそりとした腰回りは、まるで女のように華奢だったので驚いた。ちゃんと食べているのか。この顔色……状態から判断して、恐らく貧血だろうから、少し俺のオフィス兼医務室で休ませてやろう。

 彼の額に浮かぶ汗をそっとハンカチで拭いてやり、まじまじとその顔を間近で見つめると、長い睫毛、滑らかな白い肌。今は青ざめているが血色が戻ったら綺麗な桜色の唇。本当に整った綺麗な顔立ちであることが分かる。

 しかしよほど気を張っていたのだろう。無理やり苦手な車に乗せて悪かったな。

「悪いが、頼む」

 駐車場の守衛に鍵を渡して、オフィスへ道案内をさせた。

 遠巻きに女性社員たちが悔しそうな視線を送ってくるが、気にすることはない。だいたい彼は男じゃないか。

「ちょっと!丈先生に抱かれているあの綺麗な子って誰?男の子だよね。悔しい~私たち負けてる?」

 …だな。


****

 
 ベッドに寝かしてやると、彼は悪夢の続きを見ているようだった。時折顔を歪め寝言を呟くので、近寄って耳を澄ましてみる。

「…あっ…やめろ…嫌だ!」
「……」
 
 気の毒なことをした。やはり過去に誰かに車中で襲われたのかもしれない。男なのに女と見紛うこの美貌では、大いに起こりうる。正直その道のことはよく分からないが、だいたい察しはつくものだ。彼の異常なまでの同性への嫌悪感や警戒心……私は精神科も学んでいるからな。

 さてこの放っておけない気になる奴と、これからどう接していくべきか。それが問題だ。

 うなされるように眠っている彼を見下ろしながら、長い時間考えてしまった。

 私は彼のことを……次第につっぱっているが可愛い奴だと思えるようになってきた。
 
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