9 / 1,657
第1章
はじまり 1
しおりを挟む会社帰りに俺はベーカリーに立ち寄り、適当に腹に溜まりそうなパンをいくつか選んで持ち帰ることにした。キッチンはどう使えばいいか分からないし、あの同居人と必要以上に顔を合わせるのなんて面倒だ。
それなのに……テラスハウスの前に着くと窓から灯りが漏れていて、何故か少しだけ、ほっとしてしまった。
誰もいない暗い家よりはマシとういうことなのだろうか。洗面所で手を洗いリビングへ入ると、あいつがキッチンに立っていた。
へぇ……料理もするのか。
「あの、戻りました。俺食事は買って来て……部屋で食べます。それじゃ……」
一応丁寧に声をかけ部屋へ行こうとすると、あいつはツカツカと俺の方にやってきて、また腕を掴んだ。
「おいっ! 君は朝から一体何考えている!」
俺は掴まれた腕の方が気になり手を引いて離そうとするが、その腕の力は朝より強くて、びくともしない。
「はっ……離せよ!」
あいつはクスっと笑った。
「君ってさ……ずいぶん私のこと警戒しているが、何故だ?」
「えっ!」
図星を指され、いささか焦る。
「まさかとは思うが……この私が男相手に何かするとでも思っているのか」
俺はかっと顔が赤くなってしまった。
「違う!」
「なら、食事まだだろ?食っていけ!」
「いや……いい。買ってきたから」
断ると、俺の腕に抱えている紙袋の中身をちらっと見て
「やっぱり……こんな食生活ばかりしてるからだな。そんなに痩せて顔色が悪いのは」
「あんたには関係ないだろっ!うるさい!」
「私は医者だから、言うことを聞け!」
今度は手首をぐいと掴まれダイニングへ連れて行かれてしまった。その強引さに動揺するが医師であるということに少しだけ油断して、言うなりに座ってしまった。
でも……掴まれた手首、振り払うほど嫌じゃないのはなぜだろう?医者だからなのか。それとも?
「ちょっと待ってろ、ちゃんと野菜も食べろ」
しばらくしてコンソメの香りが食欲をそそる温かい野菜スープが出てきた。俺が買ってきたパンも、皿に並べ出してくれた。
「……ありがとう。」
くそっ!どうも調子狂う。こんな同居人。どう対応したらいいのか分からない。温かいスープの湯気で目の前が霞む。その向こうに俺のことをじっと見つめているあいつがいる。
だが……その視線は今まで俺のことをじっと見る男から感じたあの邪なものではなかった。
遠い昔こんな瞳を俺は見たことがある。何故こんなに懐かしく感じる?
また朝の不思議な感覚が蘇ってくる果たして、この男は信用できるのか。またあんなことにならないだろうか。信じても……大丈夫なんだろうか。
俺は頭の中でぐるぐると自問自答した。
「どうだ、美味しいか」
調子が狂う。この先一体どうなっていくのだろう。思わず深い溜息が漏れてしまった。
13
お気に入りに追加
443
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
悩める文官のひとりごと
きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。
そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。
エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。
ムーンライト様にも掲載しております。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
孕めないオメガでもいいですか?
月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから……
オメガバース作品です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます
夏ノ宮萄玄
BL
オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。
――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。
懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。
義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
雫
ゆい
BL
涙が落ちる。
涙は彼に届くことはない。
彼を想うことは、これでやめよう。
何をどうしても、彼の気持ちは僕に向くことはない。
僕は、その場から音を立てずに立ち去った。
僕はアシェル=オルスト。
侯爵家の嫡男として生まれ、10歳の時にエドガー=ハルミトンと婚約した。
彼には、他に愛する人がいた。
世界観は、【夜空と暁と】と同じです。
アルサス達がでます。
【夜空と暁と】を知らなくても、これだけで読めます。
随時更新です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる