8 / 1,657
第1章
出会い 7
しおりを挟む
高校時代の電車でのことを思い出してしまった俺は、あの嫌な記憶を頭から追い出したくて、首を横に大きく振った。
「もう、いい加減に忘れよう。もう俺は……あんなに弱くない」
アメリカに行ってからの俺は、高校時代のことを教訓に警戒して生きてきた。そのお陰で向こうでは、嫌なこともあったが、そう目立たず過ごすことが出来たんだ。
もう3時か…シャワーを浴びたいな。場所……どこだ?同居人はもう寝ただろうから、今のうちに浴びてこよう。
そっと部屋を出てみると、さっきあの男が座っていた場所には、PCのモニターが光っているだけで、もう誰もいなかった。ほっとした俺はシャワールームを見つけそっと入った。
「よかった。鍵がついている」
シャワーの温かいお湯は、久しぶりの日本での生活に緊張していた俺の身体をじんわりと溶かしていく。
「あぁ気持ちいい。生き返る……」
****
リビングを出て突き当り左の部屋が、私の部屋だ。あいつの部屋とはちょうど向かい合わせになっている。結局、いつまでたっても起きてこない同居人の様子を気にしつつ、眠りについた。
ふと目覚めると、お湯が流れる音が微かに聞こえた。
やれやれ……やっと起きたようだ。真夜中にシャワーを浴びているのか。そんな音になぜかほっとして、また眠りについた。
そういえば、あいつ名はなんというのだろう?
****
結局俺はそれから寝付けなかった。同居人とはまだきちんと挨拶できていないが、地下鉄のことを考えると、一抹の不安がよぎる。やはり早く行こう。スーツに着替え、まだ6時前なのに、そっと玄関を出ようとした瞬間、呼び止められた。
「おいっ」
「えっ!」
振り返ると、昨日の後ろ姿の男がむっつりとした表情で立っていた。
「お前なぁ、挨拶くらいしたらどうなんだ?」
厳しい口調とは裏腹に、その男は吸い込まれそうなほど黒く静かな眼差しで、とても静かな空気をまとっていた。
この空気感……どこかで?遠いどこかで…俺はこの眼差しを知っている。
「聞いているのか」
「あっ」
はっと我に返り挨拶をした。
「俺は 崔加 洋。よろしく」
「君ね……昨日も話の途中で消えるし、一応私は、君の上司なんだよ」
呆れ顔で男はつぶやいた。
「私は医師の張矢 丈だ。メディカルドクターという立場なので、君と同じ職場にいる」
「会社から聞いていた。昨日は、俺は、その疲れていて……そのまま寝てしまって」
静かな男の静かな目で問われ、妙に素直に答えてしまった。
はっ、なんだって俺がこんなにもしおらしく詫びた?自分でも驚いてしまった。
「おいっなんでこんな馬鹿みたいに早く行く?君は昨日から何も食べてないだろう。こっちへ来い!」
腕をいきなり強く掴まれたので、俺は反射的に叫んでしまった。
「俺に触れるな!」
「なんだ?お前?」
唖然とした顔でいる同居人の顔を後目に、その手をパシッと振りほどき、俺は外へ駆け出した。
駅のホームに辿り着き息を整えてみると、いきなり掴まれた二の腕に、まだその感触が残っていた。
だが不思議なことに、いつもなら不快なだけの、同性の手なのに嫌じゃなかった。
何故だ?この心臓の高鳴りは、走ったせいだけなのか。
俺は……少し変だ。
「もう、いい加減に忘れよう。もう俺は……あんなに弱くない」
アメリカに行ってからの俺は、高校時代のことを教訓に警戒して生きてきた。そのお陰で向こうでは、嫌なこともあったが、そう目立たず過ごすことが出来たんだ。
もう3時か…シャワーを浴びたいな。場所……どこだ?同居人はもう寝ただろうから、今のうちに浴びてこよう。
そっと部屋を出てみると、さっきあの男が座っていた場所には、PCのモニターが光っているだけで、もう誰もいなかった。ほっとした俺はシャワールームを見つけそっと入った。
「よかった。鍵がついている」
シャワーの温かいお湯は、久しぶりの日本での生活に緊張していた俺の身体をじんわりと溶かしていく。
「あぁ気持ちいい。生き返る……」
****
リビングを出て突き当り左の部屋が、私の部屋だ。あいつの部屋とはちょうど向かい合わせになっている。結局、いつまでたっても起きてこない同居人の様子を気にしつつ、眠りについた。
ふと目覚めると、お湯が流れる音が微かに聞こえた。
やれやれ……やっと起きたようだ。真夜中にシャワーを浴びているのか。そんな音になぜかほっとして、また眠りについた。
そういえば、あいつ名はなんというのだろう?
****
結局俺はそれから寝付けなかった。同居人とはまだきちんと挨拶できていないが、地下鉄のことを考えると、一抹の不安がよぎる。やはり早く行こう。スーツに着替え、まだ6時前なのに、そっと玄関を出ようとした瞬間、呼び止められた。
「おいっ」
「えっ!」
振り返ると、昨日の後ろ姿の男がむっつりとした表情で立っていた。
「お前なぁ、挨拶くらいしたらどうなんだ?」
厳しい口調とは裏腹に、その男は吸い込まれそうなほど黒く静かな眼差しで、とても静かな空気をまとっていた。
この空気感……どこかで?遠いどこかで…俺はこの眼差しを知っている。
「聞いているのか」
「あっ」
はっと我に返り挨拶をした。
「俺は 崔加 洋。よろしく」
「君ね……昨日も話の途中で消えるし、一応私は、君の上司なんだよ」
呆れ顔で男はつぶやいた。
「私は医師の張矢 丈だ。メディカルドクターという立場なので、君と同じ職場にいる」
「会社から聞いていた。昨日は、俺は、その疲れていて……そのまま寝てしまって」
静かな男の静かな目で問われ、妙に素直に答えてしまった。
はっ、なんだって俺がこんなにもしおらしく詫びた?自分でも驚いてしまった。
「おいっなんでこんな馬鹿みたいに早く行く?君は昨日から何も食べてないだろう。こっちへ来い!」
腕をいきなり強く掴まれたので、俺は反射的に叫んでしまった。
「俺に触れるな!」
「なんだ?お前?」
唖然とした顔でいる同居人の顔を後目に、その手をパシッと振りほどき、俺は外へ駆け出した。
駅のホームに辿り着き息を整えてみると、いきなり掴まれた二の腕に、まだその感触が残っていた。
だが不思議なことに、いつもなら不快なだけの、同性の手なのに嫌じゃなかった。
何故だ?この心臓の高鳴りは、走ったせいだけなのか。
俺は……少し変だ。
12
お気に入りに追加
443
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます
夏ノ宮萄玄
BL
オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。
――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。
懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。
義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
悩める文官のひとりごと
きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。
そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。
エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。
ムーンライト様にも掲載しております。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
番?呪いの別名でしょうか?私には不要ですわ
紅子
恋愛
私は充分に幸せだったの。私はあなたの幸せをずっと祈っていたのに、あなたは幸せではなかったというの?もしそうだとしても、あなたと私の縁は、あのとき終わっているのよ。あなたのエゴにいつまで私を縛り付けるつもりですか?
何の因果か私は10歳~のときを何度も何度も繰り返す。いつ終わるとも知れない死に戻りの中で、あなたへの想いは消えてなくなった。あなたとの出会いは最早恐怖でしかない。終わらない生に疲れ果てた私を救ってくれたのは、あの時、私を救ってくれたあの人だった。
12話完結済み。毎日00:00に更新予定です。
R15は、念のため。
自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる