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第1章
出会い 4
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ふと眼が覚めると部屋の大きな窓から、月明かりが静かに射しこんでいた。どうやら俺はこの部屋に入ってすぐに疲れていたせいか、そのまま眠ってしまったようだ。
「今、一体何時だ?」
時計を見ると深夜二時。
「うわっ、まずいな」
溜息をつきながら壁にもたれかかり、窓の外を見上げた。
「気持ちいい……」
月明かりを浴びたくて顔をあげ、目を瞑った。月明かりが昔から好きだ。 いつも悲しい時もさみしい時も、一人見上げた空には月がいてくれた。すべてが浄化されていく、そんな気持ちになれる。
だが一方で、頭の中が研ぎ澄まされたことにより、明日からの新生活への不安が駆け巡りだしてしまった。
今日から出社するのか。独身寮なら電車に乗らずに歩いて行けるというのが、決め手だったのに。手帳を取り出し会社のある駅までの地下鉄のルートを調べると溜息が出る。ここからだと数駅だが、かなりのラッシュだろうな。
俺の高校時代の思い出したくもない忌々しい過去が蘇る。
大丈夫だ。
俺はもうあの頃のような子供ではない。
もうあんなことは起きない。
だから電車に乗っても大丈夫だ。
ぎゅっと手の平を握りしめて、覚悟を決める。
****
~洋の高校時代~
思い返しても辛い思いでばかりだ。邪な視線がどこにいても気になり、俯いてばかりいた高校時代。父の転勤が決まると逃げるように、俺はアメリカへ旅立った。 それは高校時代の辛い体験から抜け出すのに、ちょうど良いチャンスだった。
あれは……高校生になって電車通学するようになった時のことだ 。
初めての朝のラッシュ。
地下鉄のこもった空気。
入り乱れる人、人の波。
思わず酔いそうになった。
電車に乗り込んだ途端、まだ十五歳の華奢な身体の俺は、人ごみに押され 身動きすら取れない状況に焦った。 息苦しい。あと何駅我慢すれば着くのか。
突然首筋に荒い息遣いがかかるのを感じた。 だが、あまりの混み具合に振り返ることもできない。 そのうちその生暖かい息が、俺の耳たぶを突然舐めはじめたのだ。そして、手が背後からまわり、俺の胸をいやらしい手つきでまさぐる。 舌は執拗に耳を舐め続け、手は俺の胸の突起を見つけだそうと蠢いていて、ぞっと身震いがした!
「え……これって……あり得ない! 俺は男だぞ?な、なんだこの状況は?」
頭が真っ白になって、とにかくその場から離れようとしたが、電車は満員でしかも男が俺のすぐ後ろから身体を寄せてきて自由を奪われていた。必死にやっとの思いで 、喉から声を絞り抵抗した。
「や……やめっ」
そう言いかけた途端ターミナル駅に着き、人混みが出口へ向かって凄い勢いで流れ、俺もやっと身体の自由が戻り、同時に 冷や汗を流れ落ちた。
「一体誰だ?」
振り返ってみたがもうその男の姿は消えていて、俺は恐怖に震えた。舐められた耳元には、見知らぬ男の唾液が残り吐き気がする。触られた胸元をみると、アイロンをかけたばかりの白いシャツが皺くちゃになっている。 俺は呆然として、しばらくホームに立ちすくんでいた。
「おい!洋どうしたんだ?」
はっと聞きなれた声の方を見上げると、幼馴染の安志が立っていた。
「なんかあったのか。……お前さ、顔が女みたいだから気をつけろよ!さては女に間違われたか。ははっ!早く行こうぜ。遅刻するぞ!」
冗談交じりに笑いながら、頭をポンっと叩いて俺を追い抜かしていく。そんな幼馴染の屈託のない笑顔になんとか心を持ち直し、救われた気分になり、安志の後について歩き出した。
だが本当に嫌な気分だ。この先憂鬱で仕方がない。電車通学なんてやめれば良かった。
初めは、たまたまだと思っていた。 運が悪かったと。だがそれはかなりの頻度で続いた。 時間を前後にずらしても、しつこい手は俺を追いかけてくる。
「今日はなにも起きるな!」
そう願い電車に乗り込んでも、電車が混んでくると 必ず背後からあの息遣いが聞こえてくる。 俺はせめてもの抵抗を今日こそはと、なんとか向きを変え、身体をずらそうと試みた。
しかし……よりによって電車の揺れとともに、その相手と正面に向かいあう形になってしまった。 するとここぞとばかりに逃げられないようにと、俺の腰を両手で押さえつけ、男のモノが下半身にぴたりと当てられてきた。
「うっ……」
吐き気を堪えながら、さすがに俺は意を決した。
「何するつもりだ!」
やっと勇気を出して顔をあげると、男のにやついた口元だけが見え、酒臭い息で囁いてきた。
「その女みたいな顔で煽ってるくせに、おい、いくら出せば抱ける?」
この言葉に目の前が真っ暗になってしまった。
屈辱だっ。こんな風に見られていたなんてっ!
そのタイミングでターミナル駅に着いたので、俺は思いっきり男の胸を手でつき飛ばし逃げた。だが逃げる俺の目からは涙が溢れて溢れしょうがなかった。
「くそっ女みたいな俺の顔…いつもそうだ!この顔のせいで 、いつだってこんな目に遭う!今回は特に酷い。あんなことをされるなんて……こんなこと誰にも言えないのに……」
それ以来俺は早起きをして、空いている時間に電車に乗るようにした。そうこうするうちに、なぜか幼馴染で同じ高校に通う安志が一緒に通学してくれるようになって、大きな被害にあうこともなく過ごすことが出来た。
だが……通学はそれで解決したが、高校生活でも災難はやってきた。
「今、一体何時だ?」
時計を見ると深夜二時。
「うわっ、まずいな」
溜息をつきながら壁にもたれかかり、窓の外を見上げた。
「気持ちいい……」
月明かりを浴びたくて顔をあげ、目を瞑った。月明かりが昔から好きだ。 いつも悲しい時もさみしい時も、一人見上げた空には月がいてくれた。すべてが浄化されていく、そんな気持ちになれる。
だが一方で、頭の中が研ぎ澄まされたことにより、明日からの新生活への不安が駆け巡りだしてしまった。
今日から出社するのか。独身寮なら電車に乗らずに歩いて行けるというのが、決め手だったのに。手帳を取り出し会社のある駅までの地下鉄のルートを調べると溜息が出る。ここからだと数駅だが、かなりのラッシュだろうな。
俺の高校時代の思い出したくもない忌々しい過去が蘇る。
大丈夫だ。
俺はもうあの頃のような子供ではない。
もうあんなことは起きない。
だから電車に乗っても大丈夫だ。
ぎゅっと手の平を握りしめて、覚悟を決める。
****
~洋の高校時代~
思い返しても辛い思いでばかりだ。邪な視線がどこにいても気になり、俯いてばかりいた高校時代。父の転勤が決まると逃げるように、俺はアメリカへ旅立った。 それは高校時代の辛い体験から抜け出すのに、ちょうど良いチャンスだった。
あれは……高校生になって電車通学するようになった時のことだ 。
初めての朝のラッシュ。
地下鉄のこもった空気。
入り乱れる人、人の波。
思わず酔いそうになった。
電車に乗り込んだ途端、まだ十五歳の華奢な身体の俺は、人ごみに押され 身動きすら取れない状況に焦った。 息苦しい。あと何駅我慢すれば着くのか。
突然首筋に荒い息遣いがかかるのを感じた。 だが、あまりの混み具合に振り返ることもできない。 そのうちその生暖かい息が、俺の耳たぶを突然舐めはじめたのだ。そして、手が背後からまわり、俺の胸をいやらしい手つきでまさぐる。 舌は執拗に耳を舐め続け、手は俺の胸の突起を見つけだそうと蠢いていて、ぞっと身震いがした!
「え……これって……あり得ない! 俺は男だぞ?な、なんだこの状況は?」
頭が真っ白になって、とにかくその場から離れようとしたが、電車は満員でしかも男が俺のすぐ後ろから身体を寄せてきて自由を奪われていた。必死にやっとの思いで 、喉から声を絞り抵抗した。
「や……やめっ」
そう言いかけた途端ターミナル駅に着き、人混みが出口へ向かって凄い勢いで流れ、俺もやっと身体の自由が戻り、同時に 冷や汗を流れ落ちた。
「一体誰だ?」
振り返ってみたがもうその男の姿は消えていて、俺は恐怖に震えた。舐められた耳元には、見知らぬ男の唾液が残り吐き気がする。触られた胸元をみると、アイロンをかけたばかりの白いシャツが皺くちゃになっている。 俺は呆然として、しばらくホームに立ちすくんでいた。
「おい!洋どうしたんだ?」
はっと聞きなれた声の方を見上げると、幼馴染の安志が立っていた。
「なんかあったのか。……お前さ、顔が女みたいだから気をつけろよ!さては女に間違われたか。ははっ!早く行こうぜ。遅刻するぞ!」
冗談交じりに笑いながら、頭をポンっと叩いて俺を追い抜かしていく。そんな幼馴染の屈託のない笑顔になんとか心を持ち直し、救われた気分になり、安志の後について歩き出した。
だが本当に嫌な気分だ。この先憂鬱で仕方がない。電車通学なんてやめれば良かった。
初めは、たまたまだと思っていた。 運が悪かったと。だがそれはかなりの頻度で続いた。 時間を前後にずらしても、しつこい手は俺を追いかけてくる。
「今日はなにも起きるな!」
そう願い電車に乗り込んでも、電車が混んでくると 必ず背後からあの息遣いが聞こえてくる。 俺はせめてもの抵抗を今日こそはと、なんとか向きを変え、身体をずらそうと試みた。
しかし……よりによって電車の揺れとともに、その相手と正面に向かいあう形になってしまった。 するとここぞとばかりに逃げられないようにと、俺の腰を両手で押さえつけ、男のモノが下半身にぴたりと当てられてきた。
「うっ……」
吐き気を堪えながら、さすがに俺は意を決した。
「何するつもりだ!」
やっと勇気を出して顔をあげると、男のにやついた口元だけが見え、酒臭い息で囁いてきた。
「その女みたいな顔で煽ってるくせに、おい、いくら出せば抱ける?」
この言葉に目の前が真っ暗になってしまった。
屈辱だっ。こんな風に見られていたなんてっ!
そのタイミングでターミナル駅に着いたので、俺は思いっきり男の胸を手でつき飛ばし逃げた。だが逃げる俺の目からは涙が溢れて溢れしょうがなかった。
「くそっ女みたいな俺の顔…いつもそうだ!この顔のせいで 、いつだってこんな目に遭う!今回は特に酷い。あんなことをされるなんて……こんなこと誰にも言えないのに……」
それ以来俺は早起きをして、空いている時間に電車に乗るようにした。そうこうするうちに、なぜか幼馴染で同じ高校に通う安志が一緒に通学してくれるようになって、大きな被害にあうこともなく過ごすことが出来た。
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