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1 婚約者は堅物騎士
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「アメリア様、ご無事ですか!」
身代金目的で誘拐された私を、一番最初に見つけてくれたのが彼だった。
「もう大丈夫です。私があなたを守ります」
怖くて震えていた時に逞しい身体に抱き寄せられて、私は一気に恋におちてしまった。
彼の顔は無表情だったが、汗だくで息を切らしているその姿は私を懸命に探してくれたのだとわかった。
私……アメリア・ヴェイクは公爵家の一人娘だった。大事な愛娘の命を助けた強い騎士を、両親はいたく気に入り婿養子にすると言い出した。
「急にそんなことを言っては、彼にご迷惑ですわ」
「アメリアと結婚できるんだぞ。こんな幸運を手放す男がいるはずがない。それにフィン君は伯爵家の次男だ。ちょうど良いではないか」
我が国では娘しか生まれなかった場合は、養子か婿養子を取って男性が爵位を継ぐことになっている。なので、公爵令嬢の私と結婚すれば爵位を継ぐのは彼になる。普通ならかなり良い話だと思う。
「申し訳ありません。父が変なことばかり言って。御礼は別の形でしますので、遠慮なくなんでも仰ってください」
フィン様は私より三歳年下。もしかすると、彼には好きな人や恋人がいるかもしれない。
「……」
助けに来てくれた時はそれなりに話してくれていた彼だが、本来は無口なようだ。
――うう、沈黙が辛い。
見た目は悪くはない……はず。これでもそれなりに殿方から声はかけられてきた。しかしフィン様からしたらこんな年上で爵位も上の女なんて、話すことすら面倒なのかもしれない。
そう思うと胸がズキリと痛んだ。恋をしたのは初めてなので、私はどうしていいのかわからなかった。
「……結婚したい」
「え?」
「御礼はあなたと結婚させてください」
まさかの返事だった。きっと、彼は我が家の爵位目当ての結婚なのだろう。だけど、それでも良かった。だって、私は彼を好きなのだから。
♢♢♢
人は見かけによらない。
それはその通りで、陽気そうな人が実は裏では暗かったり、軟派で不真面目そうな人が実はとても賢かったり……世の中とはわからないものだ。
しかし、まさか自分の婚約者が『見かけによらない』タイプの人間だとは思わなかった。
超がつくほどの真面目人間。ギャンブル、酒、女……そのどれも一切やらないという男、それが私の婚約者フィン・サムソンだった。
基本的には無表情。真っ黒な短髪で、紫の瞳は三白眼で目つきが悪い。背が高いので、かなり威圧感のある騎士だ。
「これ、どうぞ」
「まあ、これは今王都で人気のスイーツじゃないですか。わざわざ私に?」
「……はい」
だけど、美味しいお菓子を買ってきてくれる優しい人。渡す時は無表情だけどね。
この怖い顔でどうやってこの可愛いスイーツを購入したのだろうと想像すると、なんだかくすりと笑えてくる。
「フィン様のお召し物、とてもお似合いですね。騎士団の制服以外のお姿も新鮮で格好良いですわ」
「……ありがとうございます」
舞踏会に行く前に、彼のことを褒めた時も無表情のままだった。
「す……です」
「え? なんですか?」
「あなたも……す……てき……です」
だけど、いつも頬を染めながら小さな声で私のことも褒めてくれた。
きっと彼は女性に社交辞令を言うことに慣れていないのだろう。だけど、不器用ながらも毎回頑張ってくれているのがわかったので嬉しかった。
「遠征があるので、しばらく来れません」
「まあ、そうですか。大変ですが、身体お気をつけてくださいね。ご武運を祈っております」
「帰ったら……お話ししたいことがあります」
「話したいこと?」
「……はい」
「わかりました。お待ちしております」
私が刺繍入りのハンカチを渡すと、フィン様はじっと見つめた後「大事にします」と言って胸ポケットにしまった。
「……」
無言のまま見つめられて、私は首を傾げた。普段から無口な男だが、今日は一段と喋ってくださらない。
「どうされましたか?」
その時、フィン様の大きな手が私の頬に触れた。いきなりのことで、動揺した私はとっさに身を引いてしまった。
「……ゴミがついていました。驚かせてすみません」
「あぁ、そうでしたか。お恥ずかしいです。ありがとうございました」
私は自分の勘違いに気がついて、恥ずかしくなった。彼に触れてもらえたと思ったのに。真っ赤に染まった頬を両手で隠して、目を伏せた。
「……行ってまいります」
「は、はい。行ってらっしゃいませ」
私とフィン様は婚約してもうすぐ一年になるが、エスコート以外で触れ合ったことはない。
手を繋いだことも、ハグも、もちろんキスもしたことがない。
これは完全なる政略結婚なので、フィン様は特に私のことを好きではないからだ。
「私は好きなんだけどな」
全く色っぽい展開がないことを、私は少し不安に思っていた。でも、彼は真面目で堅物だと有名なのだから……女性という存在自体が苦手なのだろうと勝手に結論付けていた。
だから、彼の女性関係で悩むことになるだなんて思ってもみなかったのだ。
身代金目的で誘拐された私を、一番最初に見つけてくれたのが彼だった。
「もう大丈夫です。私があなたを守ります」
怖くて震えていた時に逞しい身体に抱き寄せられて、私は一気に恋におちてしまった。
彼の顔は無表情だったが、汗だくで息を切らしているその姿は私を懸命に探してくれたのだとわかった。
私……アメリア・ヴェイクは公爵家の一人娘だった。大事な愛娘の命を助けた強い騎士を、両親はいたく気に入り婿養子にすると言い出した。
「急にそんなことを言っては、彼にご迷惑ですわ」
「アメリアと結婚できるんだぞ。こんな幸運を手放す男がいるはずがない。それにフィン君は伯爵家の次男だ。ちょうど良いではないか」
我が国では娘しか生まれなかった場合は、養子か婿養子を取って男性が爵位を継ぐことになっている。なので、公爵令嬢の私と結婚すれば爵位を継ぐのは彼になる。普通ならかなり良い話だと思う。
「申し訳ありません。父が変なことばかり言って。御礼は別の形でしますので、遠慮なくなんでも仰ってください」
フィン様は私より三歳年下。もしかすると、彼には好きな人や恋人がいるかもしれない。
「……」
助けに来てくれた時はそれなりに話してくれていた彼だが、本来は無口なようだ。
――うう、沈黙が辛い。
見た目は悪くはない……はず。これでもそれなりに殿方から声はかけられてきた。しかしフィン様からしたらこんな年上で爵位も上の女なんて、話すことすら面倒なのかもしれない。
そう思うと胸がズキリと痛んだ。恋をしたのは初めてなので、私はどうしていいのかわからなかった。
「……結婚したい」
「え?」
「御礼はあなたと結婚させてください」
まさかの返事だった。きっと、彼は我が家の爵位目当ての結婚なのだろう。だけど、それでも良かった。だって、私は彼を好きなのだから。
♢♢♢
人は見かけによらない。
それはその通りで、陽気そうな人が実は裏では暗かったり、軟派で不真面目そうな人が実はとても賢かったり……世の中とはわからないものだ。
しかし、まさか自分の婚約者が『見かけによらない』タイプの人間だとは思わなかった。
超がつくほどの真面目人間。ギャンブル、酒、女……そのどれも一切やらないという男、それが私の婚約者フィン・サムソンだった。
基本的には無表情。真っ黒な短髪で、紫の瞳は三白眼で目つきが悪い。背が高いので、かなり威圧感のある騎士だ。
「これ、どうぞ」
「まあ、これは今王都で人気のスイーツじゃないですか。わざわざ私に?」
「……はい」
だけど、美味しいお菓子を買ってきてくれる優しい人。渡す時は無表情だけどね。
この怖い顔でどうやってこの可愛いスイーツを購入したのだろうと想像すると、なんだかくすりと笑えてくる。
「フィン様のお召し物、とてもお似合いですね。騎士団の制服以外のお姿も新鮮で格好良いですわ」
「……ありがとうございます」
舞踏会に行く前に、彼のことを褒めた時も無表情のままだった。
「す……です」
「え? なんですか?」
「あなたも……す……てき……です」
だけど、いつも頬を染めながら小さな声で私のことも褒めてくれた。
きっと彼は女性に社交辞令を言うことに慣れていないのだろう。だけど、不器用ながらも毎回頑張ってくれているのがわかったので嬉しかった。
「遠征があるので、しばらく来れません」
「まあ、そうですか。大変ですが、身体お気をつけてくださいね。ご武運を祈っております」
「帰ったら……お話ししたいことがあります」
「話したいこと?」
「……はい」
「わかりました。お待ちしております」
私が刺繍入りのハンカチを渡すと、フィン様はじっと見つめた後「大事にします」と言って胸ポケットにしまった。
「……」
無言のまま見つめられて、私は首を傾げた。普段から無口な男だが、今日は一段と喋ってくださらない。
「どうされましたか?」
その時、フィン様の大きな手が私の頬に触れた。いきなりのことで、動揺した私はとっさに身を引いてしまった。
「……ゴミがついていました。驚かせてすみません」
「あぁ、そうでしたか。お恥ずかしいです。ありがとうございました」
私は自分の勘違いに気がついて、恥ずかしくなった。彼に触れてもらえたと思ったのに。真っ赤に染まった頬を両手で隠して、目を伏せた。
「……行ってまいります」
「は、はい。行ってらっしゃいませ」
私とフィン様は婚約してもうすぐ一年になるが、エスコート以外で触れ合ったことはない。
手を繋いだことも、ハグも、もちろんキスもしたことがない。
これは完全なる政略結婚なので、フィン様は特に私のことを好きではないからだ。
「私は好きなんだけどな」
全く色っぽい展開がないことを、私は少し不安に思っていた。でも、彼は真面目で堅物だと有名なのだから……女性という存在自体が苦手なのだろうと勝手に結論付けていた。
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