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後編

34 断れない相手

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「も、もうだめです」
「だめじゃないはずです。だってルビーの身体は『もっと』と強請っていますよ?」

 ルビーはユリウスにこんな一面もあるのだと、初めて知った。

「私にもっと愛されてください」

 困ったことに、ユリウスの口調は意地悪なのに触れ方はとんでもなく甘く優しかった。

 そしてルビーは作った薬の効果を、嫌というほど自分の身で実感していた。しかもこれはどうやら、ただ身体を元気にする薬ではないことに、この状況になって初めてルビーは気が付いた。

 ユリウスが何に悩んでいたのかも。しかし、これは……ある一点において効果が出すぎている。改良の必要がありそうだ。

 そんなことをぼんやり考えていると「私のこと以外考えてはいけませんよ?」とユリウスに怒られ、さらに激しい愛を受けたルビーはそのまま意識を失った。







「効果は抜群でしたね」

 朝方に目を覚ましたルビーに、ユリウスはそう言ってくすりと笑った。

「……あの薬は危険です」
「ははは」
「早急に改良します!」
「私はルビーをたくさん愛せて嬉しかったですよ。もう叶わないことだと思っていたので」

 ユリウスは優しくルビーの髪を撫で、おでこにキスを落とした。

「……ずるいです。そんなことを言われたら、何も言えなくなります」
「それが狙いですから」

 悪戯っぽく笑ったユリウスは、どうやら確信犯らしい。

「身体は平気ですか?」
「……はい。ユリウスも副作用は?」
「全くありませんよ。むしろ体調が良いですね」
「それなら良かったです」

 心地よい疲労感があるので、ルビーはまたうとうとし始めた。

「まだ眠れるのですか?」
「は……い。ユリウスが温かいので……心地よくて」
「若いって羨ましいですね」

 いい年齢のユリウスは、もう長い時間は眠れなくなっていた。

「ゆっくり休んでください」

 すやすやとあどけない顔で眠るルビーを眺め、ユリウスは幸せを感じていた。

「歳をとるのも悪くないな」

 こんな可愛い寝顔を見られるのは、自分が起きていられるからだ。

「愛していますよ」

 耳元で囁くと、ルビーがふにゃりと笑ったような気がした。

♢♢♢

 そんな幸せな日々を過ごしていた二人を脅かす、ある事件が起こった。

「奥様っ……!」

 いつになく慌てた様子のジュードを見て、ルビーは何事かと驚いた。

「どうされたのですか?」
「国王陛下が……陛下がお越しになられました。奥様にお会いしたいと」
「ええっ、陛下自ら来られたのですか!?」
「はい……どうやら、お忍びのようです。奥様にお会いしたいと仰られております。旦那様に報告するため騎士団に遣いを出しましたが、戻られるまでにはまだ時間がかかるかと」

 ラハティ公爵家の家格であれば、大抵の貴族は急な訪問などして来ない。もししたとしても、適当な理由をつけて帰らせることも可能な立場だ。

 実際過去にジュードは、ラハティ公爵家の執事として与えられた権限でユリウスが望まぬ客を何人も門前払いしていた。だが、それが唯一できないのが王族だ。

「申し訳ありませんが、私の力ではお帰りいただけそうにはありません」
「……そうですよね」
「なんとか旦那様が戻られるまで、こちらで対応しますので奥様は部屋にいてください」

 ジュードを含め、他の使用人たちもルビーを守ろうとしてくれていることがわかった。

 だが国王陛下の命に背けば、皆が処罰される可能性もある。そんなことはあってはならないし、ユリウスの名にも傷がついてしまう。

「いいえ、お会いします」
「いけません、奥様!」
「いつまでも逃げるわけにはいきませんから。すみませんが、早急にドレスとヘアセットの手伝いをお願いします。ユリウスの妻として、この服では陛下の前に出られませんので」
「だめです。旦那様をお待ちください」
「いいえ、その時間はありません。私なら大丈夫です」

 ルビーは支度をしているのでもう少しだけ待ってもらうようにと、国王陛下への伝言をジュードにお願いした。

「行ってきます」

 心配そうな侍女たちに微笑み、ルビーはしっかりした足取りで客間に向かった。

「大変お待たせいたしました。お目にかかります。ユリウスの妻、ルビー・ラハティと申します」

 ルビーは客間に入るなり、ただ深々と頭を下げた。魔法使い生活が長く、平民出身の彼女は美しい挨拶カーテシーなどできなかったからだ。

「急に来てすまなかった。ユリウスがあまりに隠すものだから、どうしても奥方に会ってみたくてな。ラハティ公爵領の医療機関にも興味があったので、その視察も兼ねて寄らせてもらったのだ」
「陛下御自ら訪ねてくださるなど、光栄にございます」
「夫人は薬師としても大変優秀だと聞いている。この前にあなたが作った薬学本もわかりやすく見事であった。これからも我が国の発展のために力を貸して欲しい」
「身に余るお言葉をいただき、ありがとうございます」

 ルビーは終始俯いたまま話をし続けていた。

「堅苦しい話はここまでだ。面をあげよ」

 許可が出たので、ルビーはゆっくりと顔を上げ、真っ直ぐに陛下を見つめた。

「……っ!」

 ルビーと視線が合った国王陛下は、一瞬目を大きく開けた。いるはずのない人物が、目の前にいたのだから驚くのも無理はなかった。

 いくらエルヴィの本来の姿を多くの人間が知らないとはいえ、孤児として引き取られてから王宮で育った彼女を国王やその側近たちが気が付かないはずがなかった。

「へ、陛下っ!」

 側近たちがザワザワと騒ぎだし、ついにある一人が大きな声を上げた。

「こ……この女性は間違いなく亡くなった魔法使いのエルヴ……」

 ルビーの正体を言い切る前に、国王は側近たちを制止するように片手を広げた。

 幼い頃に王宮に連れて来られてから、何百回も国王やその側近たちには会っている。だから、ルビーがエルヴィだと気付かないはずがない。

「私の前で勝手な発言は禁じる」

 低い声を出した陛下はギロリと鋭い目で側近を睨みつけ、ルビーをじっと見つめた。

 何もかも見透かすようなその目から、ルビーは視線を逸らすことはできなかった。







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